• 今回ご紹介するのは、風間 直子さん(長野市)の作品です。
    キュレーターは中津川 浩章さん(画家、美術家、アートディレクター)です。

※風間直子さんの作品は本来は薄く描かれおります。今回掲載した作品の画像はご家族の許可のもと、見えやすいように調整いたしました。

作者紹介……風間 直子(かざま・なおこ)さん

今にも消えてしまいそうな作品の数々。じっくりと目を凝らさないと何が描いてあるのかわからないほど、薄い。
重度の摂食障害で、中3 の冬から30 年以上入退院を繰り返しているという風間さん。元々、絵が好きで絵画教室にも通っていたそうだが、「昔、下手って言われたけど、とにかく描きたくなっちゃう。描くのは疲れるけど、描いていれば病気のことも忘れられる」と話す。
7Hの鉛筆でデッサンをしたのち、色鉛筆で薄く色付けをするという控え目な作風は、こういった彼女の原体験から生まれたのだろう。
作品のモチーフは庭に咲く花や木々、野菜、果物など。時には家族や支援者が持参したものを描くこともあるそうだ。取材時にはその1 枚1 枚の作品にまつわる思い出を語ってくれた。
スケッチブックの数ある作品の中から「クリスマスローズ」に目を引かれた。この花は華やかな名前を反して、半日陰を好み、下向き加減にひっそりと花を咲かせるそうだ。
風間さんは今日もひっそりと、誰にも気づかれないような薄さで絵を描き続けている。
(「ザワメキアート展2019」図録より)

キュレーターより 《中津川 浩章さん》

「クリスマスローズ」風間直子

「クリスマスローズ」は今回の作家、風間直子の自宅の庭に咲く花を描いた作品だ。庭に出て花を入念に細部まで押し広げるようにしてじっくりと観察し、7Hの鉛筆でスケッチする。あとは部屋でていねいに数日かけて彩色し仕上げていく。ゆっくりとフェードアウトしていくかのような花のたたずまい。見つめるほどに遠ざかっていくような、はかなさとゆるぎなさを同時に感じる。

長野県の障害がある人たちの公募展「ザワメキアート」で、初めて風間の作品を目にした。その時の驚きを今でもよく覚えている。7Hの鉛筆の線と淡い色鉛筆。なにが描いてあるのか判別しがたいほど薄く描かれた花の絵だった。とにかくあまりに薄くて普通に絵を見る距離感ではほとんど見えない。カメラで接写するくらい近づいてやっと見えてくる。

なぜこんなにも薄いのか。風間が重度の摂食障害で中学3年の冬から30 年以上入退院を繰り返していると聞いたとき、その理由が少しだけ理解できた気がした。ケガや病気で弱っているとき、人は刺激的なものや強いものを怖れ遠ざけようとする。その感覚にしっかりと向き合い表現していくこと。明快さ、力強さ、人を鼓舞する、共感させる、そんな健康的で建設的でポジティブな価値などすべて吹き飛ばしてしまうほどに切実な表現。絵を描くのが毎日の日課であったころ、彼女は「命がけで描いている」と言っていた。じっと花を見つめて、結局描かないで終わるときもある。ひっそりと独り言を呟くように、自身が感じている世界を誠実に表現することだけに全集中している。この世界につなぎ留めているその切実な弱さが持つ強さ。

ごく淡い画面はどれも途中までの描きかけのように見える。だが、じっと見入っているうちに分かってくる。形態をとらえる明晰な線。質感を大切にしタッチの跡をほとんど感じさせない薄絹のような彩色。繊細で豊かな感覚が余白のすみずみにまで浸透している。
かつて習っていた絵画教室で「もっと描き込んで」、「完成度を上げるように」と言われ、作品に手を入れられることもあって彼女はずっと苦しんでいたという。その教師には理解できなかったのだろう。切実な弱さが持つ強さ、力無きものの力、存在そのものの力。未完成に見えるものが彼女にとっては完成しているということ。未完成ではなくこれ以上描き込めない、描き込むことで失われるものがある。風間直子の作品は命ぎりぎりのところで立っている強い絵画だ。


プロフィール

中津川 浩章(なかつがわ・ひろあき)

記憶・痕跡・欠損をテーマに自ら多くの作品を制作し国内外で個展やライブペインティングを行う一方、アートディレクターとして障害者のためのアートスタジオディレクションや展覧会の企画・プロデュース、キュレ―ション、ワークショップを手がける。福祉、教育、医療と多様な分野で社会とアートの関係性を問い直す活動に取り組む。障害者、支援者、子どもから大人まであらゆる人を対象にアートワークショップや講演活動を全国で行っている。


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