今回は、四国こどもとおとなの医療センター(香川・善通寺市)で行われている「ホスピタルアート」の取り組みをご紹介します。
ホスピタルアートとは、病院を様々なアートで彩り、患者やその家族だけでなく、医療スタッフなど関わる人すべての心身を癒やすものです。
その本質とは何なのか、同医療センターでホスピタルアートディレクターを務める森合音さんにご紹介いただきます。

ホスピタルアートとは
「静的」ではなく「動的」なこととして

「今日はCちゃんを連れて来ました!」。精神保健福祉士(PSW)さんは満面の笑みでボランティア室のドアを開けます。隣りにいるCちゃんは、ちょっと恥ずかしそうに立っています。部屋の奥ではアートボランティアのMちゃんがせっせとプレゼントにつけるメッセージカードを書いています。四国こどもとおとなの医療センターの院内の壁には19か所小さな扉があり、開けると中にはプレゼントが! このプレゼント、誰でも見つけた人が持って帰れるという仕組みで、プレゼントづくりはアートボランティアさんの役目です。Mちゃんはそのプレゼントに添えるメッセージカードを書いているところでした。

今では頼りになるMちゃんも、かつては患者さんでした。Cちゃんと同じように入院中にPSWさんがボランティア室に連れて来てくれたのです。それから3年、彼女は退院した後も2週間に一度はボランティア室に来て、院内のアート活動のお手伝いをしてくれています。

一方、初めてボランティア室を訪れたCちゃん。棚に並んでいる色とりどりの画材を見てキョロキョロ。そんなCちゃんにPSWさんは「MちゃんみたいにCちゃんもアートボランティアをやってみたいんだよね。」と、そっと背中を押します。Cちゃんは、はにかみながらうなずきました。すかさずMちゃんが言います。「じゃあ、一緒にやろう! 自分がしたことで誰かが喜んでくれると、そのエネルギーは自分のところに戻って来て自分を幸せにしてくれるよ。初めは信じられないかもだけど、私、やってみたから言える。嘘じゃないんだよ。ね、森さん?!」。まっすぐに私を見て同意を求めるMちゃん。私は深くうなづきます。

今では生き生きと目を輝かせているMちゃん。でも、初めてボランティア室に来た時、彼女は目も合わせないでこう言ったのです。「生きてるのが死ぬほど辛いのに、死んだらダメな理由がわからない。」と。

「当院は病院にアートを導入しています。」そう言うとほとんどの方が、「そんな余裕があったら新しい医療機器を購入したほうがいい。」とか「そんなもの飾る場所がない。」と、おっしゃいます。皆さん、ホスピタルアートを高額で購入する「アート作品」のことだと思われているようです。でも、当院のホスピタルアートは「作品」のことを示すのではありません。では何か。一言で言うと、「対話を通じて患者さんや医療スタッフの想いをかたちにしてゆくこと」と「全員参加型の病院づくり」です。作品という「静的」なもののことではなく、それが育った土壌も、作品が生まれた制作のプロセスも含めた、日々成長を続ける「動的」な「病院づくり」の取り組みを「ホスピタルアート 」と呼んでいるのです。

病院は誰かが誰かの幸せを願う場所です。医療は傷ついた人や病に苦しむ人を救おうとして、その人々を観察し、原因を分析し、解明し、磨かれて来た美しい「表現」であり「技術」です。アートもまた、止むに止まれぬ衝動を発散することで、物質だけでは癒せない心の痛みを軽減したり、誰かと想いを共有したり、自己と、他者とより深く繋がるために模索され続けてきた「表現」であり「技術」です。どちらも人が幸せに生きるための表現と言う点では同じところから生まれているのです。

心と身体は密接に繋がっています。どんなに素晴らしい医師に手術をしてもらっても、最新のお薬を飲んでも、最後はその人の自然治癒力に頼るしかありません。だとしたら、患者さんの心に寄り添い、応援するような自然治癒力を高める環境づくりはとても大切です。ここでいう環境は、建築物だけでなく、そこに存在する空間や人の動きも含みます。そして、それを改善しようとする職員の意識、見守り育てる地域の文化、その成長のプロセスも。

「ホスピタルアート 」は医療と対極にあるものではありません。医療を補完し、人が幸せになるための創造的な取り組みのことなのです。
(ホスピタルアートディレクター 森合音)


プロフィール

森 合音(もり・あいね)
四国こどもとおとなの医療センター ホスピタルアートディレクター
NPOアーツプロジェクト 理事長
丸亀市立猪熊弦一郎現代美術館 理事
NPO 咸臨丸 福祉とアート 理事
一般社団法人 HANSAM 理事

1972年 徳島県出身
1995年 大阪芸術大学 芸術学部 写真学科卒業
2008年 独立行政法人国立病院機構香川小児病院での壁画制作をきっかけに病院でのアート活動に取り組む
2017年 四国こどもとおとなの医療センター「医療福祉建築賞2016 準賞 受賞」
2018年 四国こどもとおとなの医療センター「公共建築賞2017 優秀賞 受賞」

編集後記

「アート」。皆さんはどんな思いを抱きますか? 「きれい」、「面白い」、「なんだか分からないけど惹かれる」などでしょうか。その一方で、「よく分からない」、「難しそう」、「私には関係ないかな」と思う人も多いのではないでしょうか。私もその一人でした。そんなことを森さんとお会いしたときに話したら、森さんは「みんなそう言うの。でも違うよ」と。四国こどもとおとなの医療センターの取り組みを見て、その意味が分かりました。それまではアートというと絵画や彫刻などをイメージしていたのですが、森さんたちの考えているアートはこれにとどまりません。確かに医療センターの外壁には壁画が描かれ、院内には絵画も飾られています。しかし、ボランティアの人々が作り読み聞かせる紙芝居、季節の草花が屋上を彩る園庭、誰もが受け取ることができる手作りのちょっとしたプレゼントなどなど。恥ずかしながら自分自身の中でアートと認識していなかったものもアートだったのです。そして、作る人、見る人、受け取る人、関わる人をつなげるすべてがアートなのだと。「アート」は難しいものではなく、人と人をつなげる仕組みだと、森さんたちの取り組みで気付かせてもらいました。
 

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