『この文芸賞は雫石とみさんの申し出をきっかけに生まれました。雫石さんは戦争ですべてを奪われ、極貧の暮らしの中で、書くことだけを生きがいに91年の生涯を生き抜いた作家です。
 私たち事業団は、雫石さんの「天涯孤独の身で、生きていくのに必要としないお金が2千万円ある。そのお金を自分のような文筆活動を志す人々の励ましに役立ててほしい」という思いに共鳴しました。そして、運営基金をつくり、「高齢者」を意味する「シルバー(銀)」と雫石さんの苗字から「銀の雫文芸賞」と名付けました。1988年度の第1回から20回目の基金がなくなるまで毎年度、入選作品を選び、NHKの協力を得て、「FMシアター」「ラジオ深夜便」「テレビいきがいドラマシリーズ」などで放送してきました。その後も事業団が費用を負担して11年間、今回の第31回まで事業を継続してきました。
 しかし私たちは、今回でこの文芸賞をいったん終了させていただくことにしました。2020年の東京パラリンピックに向けた障害者スポーツへの理解を促進する事業や、高齢社会の中で深刻化する認知症への啓発活動など他の事業に力を入れさせていただくためです。
 寄せられた作品の総数は31年間で18420編、入選作品は93編にも上ります。故雫石とみさん、応募いただいた皆さん、歴代の審査員の皆さん、そしてこれまでこの文芸賞に関わってくださったすべての方々に厚く御礼申し上げます。
 日本は2025年には、団塊の世代が一気に75歳以上の後期高齢者となり、国民の4人に一人が75歳以上となる超高齢社会になります。雫石さんは「書いたものは“紙碑”となって残るだろう」という言葉も残しています。今後は「高齢社会をどう生きるか」を問いつづけたこの31年間の蓄積をどのように伝え残していくかを考えていきたいと思います。』
         NHK厚生文化事業団 理事長 鈴木賢一
 (「NHK銀の雫 文芸賞 2018 入賞作品集‘はじめに’より」)