今回ご紹介するのは、渡邉行夫さんの作品です。
キュレーターは、福祉実験ユニット・ヘラルボニーの松田 文登さんです。

作者……渡邉 行夫(わたなべ・ゆきお)さん

キュレーターより《松田 文登さん》

まあるい心が、角のとれたやさしい味わいを生み出す。

りんご。猫。

誰の生活にも身近なモチーフを、繰り返し並べてたくさん描く。

よく見ると一つ一つ違う発見があって、見飽きることがない。

変わらないと思っていても、毎日少しずつ変わっていく日々そのもののような、これらの作品を描いたのは、福島県田村市に生まれ、社会福祉法人安積愛育園に在籍するアーティスト、渡邉行夫さんだ。行夫さんの生きている世界を通して生まれてきた作品の表情は、どこかやわらかくおどけていて、見ているこちらを安心させてくれる力を持っている。

好きなことを創作する、好きなものをとことん愛する。

そんな行夫さんのまあるい心が生むものとは。

写真:渡邉行夫さん

渡邉行夫さん プロフィール

作品の多くは障害者支援施設・あさかあすなろ荘に入所していたときに描かれる。代表作のひとつは、四つ足の生き物らしきものたち。安積愛育園の創作プロジェクト「unico(ウーニコ)」のロゴマークにもなっており、本人曰くこれは「ねこ」とのこと。時に一筆書きで、一気に伸びやかに描かれる足と尻尾。そして何匹もが並んでこちらを向いているさまは、不思議なリズムと可笑しさで、私たちの目を惹きつける。(「unico file」より)

作品名「無題」水性ペン、厚紙 / 297×210mm

「無題」数字練習ノート、ボールペン、水性ペン、色鉛筆 / 251×185mm

作品名「無題(「りんご」)」画用紙、水性ペン、色鉛筆 / 250×350mm / 2009.6.26

作品名「無題(「りんご」)」をモチーフとしたアートネクタイ

「りんご」のステレオタイプな表象を、画用紙や練習帳に書き連ねたこれらの作品。当初作品のタイトルを尋ねたスタッフに返ってきた答えはなんと「すいか」だった(後日もう一度尋ねると「赤いリンゴ」と返答をされた)。リンゴにしか見えないその象形を、いたずらっぽい笑顔ですいかと言い張る行夫さんのエピソードが印象に残っている。

幼い時食べていた果物。昔飼っていた猫。遠い彼方に失われたように見えて、現在と地続きで繋がっているはずのものを、行夫さんは決して見逃さずに大切にすることができるのだろう。

どんな時でも、日常は淡々と続いていく。周囲の環境がどうなろうと、周りの人間にどう思われようと、生活を積み上げていかなくてはいけない。それはきっととても厳しいことで、渡邉さんは違えることなくそれを知っていて、なんだかとても頼もしい。

渡邉さんは、穏やかでユーモアがあって、一本のりんごの木のような、芯の通った人物だ。

彼の感性が存分に発揮された作品こそ、この揺れ動く時代に、何より人を勇気付けるだろう。

※本稿は2019年3月20日、2021年1月25日、に株式会社ヘラルボニーが実施した渡邊行夫さんのインタビュー取材を元に再編したものです。


プロフィール

松田 文登(まつだ・ふみと)

株式会社ヘラルボニー代表取締役副社長。チーフ・オペレーティング・オフィサー。大手ゼネコンで被災地の再建に従事、その後、双子の松田崇弥と共に、へラルボニー設立。自社事業の実行計画及び営業を統括するヘラルボニーのマネージメント担当。岩手在住。双子の兄。日本を変える30歳未満の30人「Forbes 30 UNDER 30 JAPAN」受賞。日本オープンイノベーション大賞「環境大臣賞」受賞。

 


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