今回ご紹介するのは、宮崎県在住の中武 卓さんの作品です。
キュレーターは中津川 浩章さん(画家、美術家、アートディレクター)です。

作者紹介……中武 卓(なかたけ・すぐる)さん

中武さんについて、中学校時代の担任だった、長曽我部 徹(ちょうそかべ・とおる)さんよりメッセージを寄せていただきました。

「私は、卓くんとは中学1年生の時に特別支援学級の生徒として出会いました。当時から、身近にあった植物を描くことが多かったですが、その様子は、まるで植物とお話を交わしているかのようです。卓くんは絵を描くことだけでなく、歌うこと、踊りやダンス、そして人とのコミュニケーションが大好きです。言葉による会話は苦手ですが、いろいろなことに興味関心を持ち『アートステーションどんこや』で楽しく生活しています。言葉に表せない分、そうした彼の毎日の生活の中での感情、喜びが溢れるように絵に表現されているのではないかと想像しています。」

  

 

キュレーターより 《中津川 浩章さん》

中武 卓 《ガラス瓶の草花》

7年前にワークショップの仕事で宮崎を訪れたときに、長曽我部 徹さんのお宅で中武 卓の作品を見せてもらったのが最初だった。ダイナミックで個性的な構図と色彩、植物の生命力をとらえた豊かな表現力に驚いた。
現在、中武は福祉事業所「アートステーションどんこや」での制作に加えて、毎週月曜日には長曽我部さんの自宅アトリエにも通っている。そこでの制作は中学校卒業後の2011年から10年にわたり続いている。中学校時代の担任であり美術の教師でもあった長曽我部さんの丁寧な伴走によって、B1サイズの大きな作品も多数生み出されている。

今回紹介するのは《ガラス瓶の草花》。庭の草花を瓶に挿し「実際に見ながら」描く。植物の命と中武のパワーが呼応し合って生まれる豊かで力強い画面。いっぱいに描き込まれていても不思議な透明感がある。マティスを思い起こさせる抽象化、中武ならではの独特なデフォルメ。植物のフォルムの精緻な複雑さと強靭さが伝わってくる。装飾的でカラフルな色彩、植物たちの放つオーラは心地よく見る人をしあわせな気持ちにさせる。

中武の人物画もおもしろい。リアリズムとユーモアが混在した強烈なインパクトがある。芸能人シリーズは写真を見ながら、ほかは植物の絵と同じようにモデルを「実際に見て」描く。自分の家族や知り合い、長曽我部さんやその父、母、妻、姪などの家族。一気に1時間ほどで描き上げる。長曽我部さん曰く、「いい意味で、早い、荒い、乱雑」。視覚優位の特性からかディテールが強調され即物的かつ奇妙にデフォルメされた人物像。制作途中を見ると全体のバランスが決して良くないのに、完成するとなぜかバッチリ決まっているのは流石だ。

中武の作品の支持体はほぼ九割が色画用紙、その色はすべて自分で決めている。画材の多くは「サクラクレパス」。一色だけのドローイング的な作品もいい。「どんこや」と「長曽我部さんのアトリエ」、二つの制作場所で描くモティーフをみずから意識的に変えているのも興味深い。「描くこと」は中武に変化をもたらし、以前は難しかった言葉でのコミュニケーションも、今ではわずかだが会話が成立するようになってきたのだという。

2019年「宮崎市美術展大賞」受賞。2020年には筆者も選考に携わった「国文祭・芸文祭みやざき/全国障がい者アート作品展」で部門賞を受賞。2022年、パリでの展覧会も好評を博し、これからが楽しみな画家だ。


プロフィール

中津川 浩章(なかつがわ・ひろあき)

記憶・痕跡・欠損をテーマに自ら多くの作品を制作し国内外で個展やライブペインティングを行う一方、アートディレクターとして障害者のためのアートスタジオディレクションや展覧会の企画・プロデュース、キュレ―ション、ワークショップを手がける。福祉、教育、医療と多様な分野で社会とアートの関係性を問い直す活動に取り組む。障害者、支援者、子どもから大人まであらゆる人を対象にアートワークショップや講演活動を全国で行っている。


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