今回ご紹介するのは、工房集(埼玉・川口市)の前田 貴(まえだ・たかし)さんの作品です。
キュレーターは中津川 浩章さん(画家、美術家、アートディレクター)です。

作者紹介……前田 貴さん

キュレーターより 《中津川 浩章さん》

前田貴《キャリアカー》

前田貴は2011年から本格的に絵画を始めた。紙や木のパネルに筆圧の強いクレヨンで描いた作品。初期のものはごく単純な色面分割の画面だったが、描き始めて数か月で、シンプルなのに奥行きを感じさせる複雑な画面に変化していった。気に入った風景、建物、乗り物などの画像を自分の中で一度分解し、それから各要素を色面で構成し、感覚によって再構築する。その形式・方法論はロシアに生まれパリに没した画家セルジュ・ポリアコフを思わせる。もちろん前田の表現は美術の知識や素養によるものではないだけに、その類似性には本当に驚かされる。

今回紹介するのは、2021年に制作し、第13回埼玉県障害者アート企画展「Coming Art 2022」に展示された作品《キャリアカー》。独特の奇妙で不思議な「かたち」は、たがいに違和感なくパズルのようにぴったりと一つの画面に収まっている。色彩の織りなすハーモニー、柔らかいクレヨンを重ねた質感には、どこかノスタルジックな記憶を呼び起こすウールやフェルトのような温もりがある。

《キャリアカー》は車の図鑑にあった写真が原型だ。それをまず頭の中でばらばらに解体し、それからもう一度組み立てていくのだという。前田の説明を聞きながら見ると、たしかに画面の中にはドアのラインやタイヤの丸いフォルムが表れている。色は5色くらいを最初に決めておくが、色も形もなんども修正しながら描き進めていくので、このサイズで完成までに2か月かかったという。

彼の記憶や「かたち」に対する感覚が内的形象となって現れるヴァリエーション豊かな世界。画面には彼が感じている世界がいつも率直に表現され、その要素である色彩と形態には視覚を超えた存在感がある。構成的でありながら柔らかい、みずみずしい生命感の奥に感じる「せつなさ」のようなもの。ずっと描きたかった、表現したかった、彼自身のその思いが何を描いても画面から溢れ出てくる。絵を描くことでやっと可視化された彼の中の世界。それは力強く繊細で肯定感に満ち、見る者を温かくおだやかに包み込んでくれる。


プロフィール

中津川 浩章(なかつがわ・ひろあき)

記憶・痕跡・欠損をテーマに自ら多くの作品を制作し国内外で個展やライブペインティングを行う一方、アートディレクターとして障害者のためのアートスタジオディレクションや展覧会の企画・プロデュース、キュレ―ション、ワークショップを手がける。福祉、教育、医療と多様な分野で社会とアートの関係性を問い直す活動に取り組む。障害者、支援者、子どもから大人まであらゆる人を対象にアートワークショップや講演活動を全国で行っている。


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