今回ご紹介するのは、アトリエライプハウス(大阪府東大阪市)のかつのぶさんの作品(無題)です。
キュレーターは中津川 浩章さん(画家、美術家、アートディレクター)です。

作者紹介……かつのぶさん

かつのぶさんは、28歳の自閉症の男性です。
彼が中学2年生の時に美術教室に通い始め、初めて油絵を始めました。
油絵を始めた頃は、様々な色彩のグリッドを幾重にも塗り重ねる作品でした。その頃の作品の特徴として独特のマチエール(絵肌)にあります。最初に横方向に塗り、絵具が乾けば縦方向に塗ります。そのため作品の表面にはボコボコとしたマチエールが形成され、光の加減によっては、まるで縦横に編まれた麻布のように見える絵画を制作していました。

作品制作の傍ら、展覧会活動も増えて行きました。あるグループ展に出展した時、展示されている自分の作品を観て、「自分は絵が下手や。もっと、きちんと描いたら良かった」と自身の作品について反省の言葉をつぶやきました。これを聞いた周囲の者は、たいへん驚きました。なかなか自閉症の人が自身のことを振り返ることはありません。その時にようやくかつのぶさんの作品にかける思いを理解することができました。

最近はグリッドの作品ではなく、ボーダー柄の作品に変化してきました。ボーダー柄の横線を描くのではなく、先に塗った面の上部を線として塗り残しながら、面を塗って行く方法でボーダー柄を描いています。そのため作品の下部へ行くほど絵具の厚みが増して行きます。作品の横から観ると色彩の重なりがよく解ります。彼の作品は、グリッドからボーダーの作品へと、ゆっくり変化をして来ました。その変化こそ、彼が作品のことを常に考えて制作している証です。(アトリエライプハウス代表 大澤辰男)

キュレーターより 《中津川 浩章さん》

かつのぶさんの作品にはミニマルアートのような画面の強度と緊張感があります。
水平のシンプルな色面分割による抽象絵画ですが、よくあるミニマルアートのような冷たい感じはなく、人が描いた感覚の揺らぎが感じられ、とても美しい。色面やエッジに重なった油絵具が微妙に盛り上がっているのが印象的です。
レモンイエローやエメラルドグリーンといった色の組み合わせ、また油彩による物質感も相まって画面自体がマットにかすかに発光しているような、どこか神秘的な感覚をまとった不思議な絵画です。

 

彼の所属するライプハウス代表の大澤辰男さんによれば、黄色とブルーを混ぜて緑色を作って見せたところ、びっくりしてしばらくその絵の具をじっと見つめていたそう。それからパレットに絵具を出し4か月間それを見続け、そしておもむろに緑色をつくったと。
色と色を混ぜることで全く違う色ができる、それを知ること。色をつくり、自分の色で面を塗っていくことで、自身の世界を主体的に表現できるようになっていく。描き方や絵画の正解を教えるのでなく、可能性を引き出すためのファシリテートがアートにとっていかに大切かを思います。

彼の作品は、現代アート系のギャラリーの中で認められ売れ始めています。ニューヨークのアウトサイダーアートフェアーに出展した際、あるコレクターは、彼の作品はアウトサイダーアートではない、と語ったそうです。小学校4年生の時すでに「将来、画家になりたい」と話していた、かつのぶ少年。そして現在も「作品を売ってほしい」「僕はまだ絵が下手や。もっとやっておけばよかった」と呟く彼。
アウトサイダーアートって何だろうとあらためて考えてしまいます。


プロフィール

中津川 浩章(なかつがわ・ひろあき)
記憶・痕跡・欠損をテーマに自ら多くの作品を制作し国内外で個展やライブペインティングを行う一方、アートディレクターとして障害者のためのアートスタジオディレクションや展覧会の企画・プロデュース、キュレ―ション、ワークショップを手がける。福祉、教育、医療と多様な分野で社会とアートの関係性を問い直す活動に取り組む。障害者、支援者、子どもから大人まであらゆる人を対象にアートワークショップや講演活動を全国で行っている。

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