今回ご紹介するのは、片山工房(兵庫県神戸市)の深田 隆さんの作品「深海の自画像」です。
キュレーターは中津川 浩章さん(画家、美術家、アートディレクター)です。

作者紹介……深田 隆(ふかだ・たかし)さん

頭筆法(ヘルメットに筆をつける)で、絵や書を描く。「空が飛べ、爽快な気持ちになる」と語るそのものが、自由な作風に結びついている。
常に新しいものを求め、デッサン画、書、油絵、詩など創作の幅は広い。
一枚の絵を仕上げるまでには、最低3ヶ月を費やし革命的だが、ゆっくりと進む我慢さの結晶が逸品となっている。(片山工房)

キュレーターより 《中津川 浩章さん》

深田隆「深海の自画像」

青と緑の深い内省的な色彩、悲しみに沈んでいるような目、ばりばりとなんでも食べてしまいそうな大きな口と立派な歯、額に生えた突起の先に輝いている光。
この大きな80号サイズの作品をなにも知らずに初めて見たとき、妙に心がざわざわする不思議な感じがした。ふつうの油彩画のようででもなにか違う。どうして自画像がチョウチンアンコウなんだろう?

神戸市長田区にある片山工房を訪ねて、その謎は解けた。作者の深田隆は脳性まひによる重度の障害がある。頭にヘッドギアを付け、そこから伸びるアームに絵筆を装着しこの絵を描いていたのだ。彼によればこれは頭筆法というらしい。文字盤やPCを使って会話をし、障がい者のための自助具開発にも携わる深田は、自身が考案したこの装置を頭に着け、一年半もの時間をかけてこの絵を生み出した。

アタマ全体を動かして描くため、細かい筆さばきなどはむずかしい。でもそれゆえに生じる荒々しく大胆なタッチが力強さとなって迫ってくる。自分の思うままには筆は動かない、その圧倒的不自由な行為の連続が、深田にとって絵を描くということなのだ。海の底にいるような孤独の時間の重なりと油絵具の層の重なりがシンクロする。光が届かない場所で額の先にみずから明かりを灯すアンコウの姿。

深田の絵はアールブリュットに定義されるような作品とは違ういわゆるノーマルな絵画だ。しかしそんなことは関係なく、どこか深く人の心に浸透してくる静かな強さがある。背負った運命を受け入れ、かつひとり抗がい続けること。屹立すること。だからこそ描く。それは芸術が生まれる根本的な原理でもある。

 


プロフィール

中津川 浩章(なかつがわ・ひろあき)
記憶・痕跡・欠損をテーマに自ら多くの作品を制作し国内外で個展やライブペインティングを行う一方、アートディレクターとして障害者のためのアートスタジオディレクションや展覧会の企画・プロデュース、キュレ―ション、ワークショップを手がける。福祉、教育、医療と多様な分野で社会とアートの関係性を問い直す活動に取り組む。障害者、支援者、子どもから大人まであらゆる人を対象にアートワークショップや講演活動を全国で行っている。

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