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企業ボランティア事例紹介

油伝味噌株式会社

写真油伝味噌の店舗栃木市にある油伝(あぶでん)味噌株式会社は、江戸時代から230年続く老舗のみそ屋さんです。明治期に建てられた木造の店舗やみそ蔵が今も使われており、とても趣のある店構えです。
栃木市は、かつて京都から日光東照宮に向かう使者が通った宿場町でした。また川を利用した舟運により、商都としても古くから栄えてきました。油伝味噌はこうした伝統のある街の景観と文化を守る活動に取り組んでいます。

伝統の味を次の世代に

油伝味噌が続けている活動の一つに、“みそ造り体験”があります。本業のみそ造りを体験してもらうことで、日本の伝統の味を受け継いでいってほしいと始めました。今年の6月に栃木第五小学校で行った活動では、児童のお母さんたち40名が参加し、40キログラムのみその仕込み作業を行いました。

写真作業はまず、煮て柔らかくなった大豆をつぶし、米こうじや塩を加えてよく混ぜます。それを団子状にし、なるべく空気が入らないようにおけの中に入れていきます。おけの上に重石をのせて、約半年間発酵させます。今年は猛暑の影響で例年よりも早く発酵が進んだそうで、秋の初めにはみそができあがり、参加者の家に配られました。
このお母さんたちの“みそ造り体験教室”は一昨年から始められましたが、その前には子どもたち参加のみそ造り体験も行っていました。この時は甘酒も一緒に作り、とても喜ばれたそうです。また造ったみそは、子どもたちの小学校の給食に使われて、みんなで食べたということです。

写真みそ造り体験を企画した油伝味噌の代表取締役・小池英夫さんにお話を伺いました。
「みそ造り体験を行うきっかけになったのは、私の子どもが小学校に通っていた頃、給食でみそ汁がほとんど出ていないのを知ったことでした。家庭でもお母さんがみそ汁を作らないので飲む機会が減っているようです。これではいけないと思い、美味しいみそを知ってもらうために行いました」

今年の体験では、お母さんたちに豆腐田楽などみそを使ったレシピを教える料理教室を同時に行いました。
講師は小池さんの奥さんで油伝の社員でもある典子さんです。

写真「お勤めをしているお母さんは、出来合いのおかずなどを買ってしまうことも多いと思います。でもそういうものは調味料が多く入っているので、味覚が崩れてしまわないか心配です。みそ料理のレパートリーを増やして、少しでも家庭で作ってもらいたいですね。昔から“おふくろの味”と言われてきた伝統の味をなくしてはいけないという使命があると感じています」

市民が守る“蔵の街”

油伝味噌の地域貢献活動の始まりは20年近く前、地元の商店仲間の人たちと協力して始めた“まちづくり”でした。

写真昭和初期の油伝味噌の店舗のようす 栃木市は、江戸時代に朝廷の使者が日光へ向かうための日光例幣使(れいへいし)街道の宿場町となり、人や物が集まるようになりました。また、巴波(うずま)川の舟運によって江戸との交易が盛んになり、物資の集散地としても賑わいを見せました。豪商の蔵が今も多く残されているので“蔵の街”と呼ばれています。

時代の流れとともに栃木市にも近代的な建物が増え、派手な看板などが蔵を覆い隠し、一時は情緒ある街の風景が失われていました。しかし、昭和63年頃から栃木市が市の中心を走る大通りとその周辺を大々的に整備しました。アーケードや歩道橋、看板の撤去、電柱の地中化などによって、再び“蔵の街”の風景を取り戻しました。
ところが、大通りの動きに比べ、油伝味噌の店舗と工場がある旧日光例幣使街道は、何も整備がされていない状況でした。また、旧道は道幅が狭くて事故が多いという問題も抱えていました。

「このままだと私たちの地区は取り残されてしまうのではないか、という気持ちになり、自分たちで何かできないかと考えました」

油伝味噌の小池さんは近隣の住民と協力して平成4年に“栃木の例幣使街道を考える会”を結成しました。
農機具屋、麻屋、米屋、荒物屋など商店主の人を中心に26名ほどが会員として参加し、結成以来、油伝味噌が事務局を務めています。

会員の天海正樹さんは結成当時の様子を、こう話してくれました。

写真「まずは事故を減らすために、市に働きかけて電柱を道路の端に寄せ、道幅を広くすることから始めました。それから、街の景観もよくしていこうと思いました。路面や側溝の整備をしたり、街灯を蛍光灯一本のものから古いガス灯のような趣のあるものに替えたりと、徐々に進めていったんです。
私の家も以前はブロック塀で周りを囲んでいたのですが、街並みに合うよう昔ながらの板塀に替えました」

小池さんはこう言います。

「街を守るためには行政に任せるのではなく、市民が参加しなければいけません」

そこで“考える会”は、地域に住む人たちに街のよさについて理解を深めてもらおうと考えました。“例幣使街道再発見”と銘打って地元の旧跡や社寺を紹介するマップを作ったり、地元の歴史に詳しいお年寄りに話を聞きまとめた“講話集”を作り、3町内およそ1300戸に配布しました。

写真整備された旧日光例幣使街道 写真秋に虫干しも兼ねて再び雛人形を飾る「お人形さん巡り」など、地域のイベントにも協力している

このような市民と行政が一体となったまちづくりが評価され、“栃木の例幣使街道を考える会”は栃木市・栃木商店会連合会・うずま川遊会の3団体とともに、平成21年度の“美しいまちなみ大賞(国土交通大臣賞)”を受賞しました。

写真栃木市を流れる巴波(うずま)川。
川沿いには蔵づくりの建物が並ぶ

ご近所さんの交流を深める“蓄音機コンサート”

“栃木の例幣使街道を考える会”は、地元の人が参加できるイベントも行っています。 写真
毎年秋に開催しているのが、この地域に残る古い建物を会場として使う、蓄音機コンサートです。1929年の英国製の大きな蓄音機を使って古いレコードの音を堪能するもので、今年は10月に開かれました。
この日集まったお客さんは30人ほど。高校生からお年寄りまで年齢もさまざま、近所の人もいれば県外からわざわざ足を運んできた人もいます。

今年の会場は大正時代に建てられた日本家屋で、参加者は座布団の上に正座というスタイルで音楽を聴きました。昨年は油伝味噌のみそ蔵でコンサートを行い、みそおけを反響板にして音を響かせたそうです。
毎年蓄音機を貸し出してくれるのは、市内に住む中西一甫さんです。誰もが一度は聞いたことのあるクラシックの名曲からシャンソンまで、20曲近くを聴かせてくれました。
参加者のみなさんは、休憩時間には姿勢を崩して缶ジュースを飲みながら楽しくおしゃべりしています。こうしたひとときも楽しみの一つになっているようです。

コンサートを聴きにきていた、栃木工業高校3年生の柳澤悠人さんは、

写真「見てすごいし、聞いてすごいと思いました。趣味でラジオを聴いたりしますが、音が違いますよね。ふだんクラシックは聴かないのでこういう機会に聴けるのはいいですね」

高校の写真部に所属している柳澤さんがコンサートの風景を写真におさめていると、近所のおじいさんが話しかけ、カメラの話で盛り上がっていました。


このように世代を超えて住民同士が交流を深め、街の良さを次の世代に伝えていくことが街を守るための一番の近道なのかもしれません。

子どもたちに伝える栃木の伝統

この他にも油伝味噌は、子どもたちが昔の文化に触れ、体験するイベントを行っています。
写真2002年、店舗の隣にある小池さんの自宅を新築する時に、近所の小学生を集めて“土壁づくり体験”を行いました。土壁は“蔵の街”を形作る和風建築の伝統的な壁のひとつで、湿気の吸収・排出や断熱効果に優れており、夏涼しく冬暖かいといわれています。
子どもたちは材料となる土を足で踏んでこね、泥団子を作って壁に貼りつける作業を手伝いました。

「子どもたちは最初、土の入ったおけになかなか入りたがりませんでした。なぜかというと、土壁に使う土はわらを混ぜて発酵させているため、とても臭いのです。けれど一度始めてしまえば、臭いのも忘れて夢中で土をこねてくれました」


作業が終わると、子どもたちは、手足を洗ってはにおいをかいで、というのを何度も繰り返していましたが、「そのにおいはもう今日はとれねえからな」という左官屋さんの一言を聞いてがっかり。
それでも自分たちの作った壁が気になるのか、子どもたちは家が完成するまでたびたび様子を見に来きてくれたそうです。

写真一昨年は、大正時代に作られた油伝味噌の茶室を使って“茶道体験”を行いました。
近所の小学生が参加し、ひとりひとり茶せんをもってお茶立てに挑戦しました。「みんな『苦くてまずい』というかな?」という小池さんの心配をよそに、半分くらいの子が「おいしい」と言ってくれました。

小池さんは、

写真「何でも実際に自分で体験してみることが大事ではないかと思います。それで子どもたちがおもしろいと感じれば将来、『また見たい』とか、『またやりたい』と思うかもしれません。
私はみそ屋ですが、若い人の“みそ離れ”というのも、本当に美味しいみそを食べた経験がないからではないかと思います。
スーパーなどで売られているみその中には発酵期間を短くしたり、調味料で味付けをしているものもあります。見た目はみそのようでも、味と香りはみそじゃないんですよね。みそに限らず子どものうちから本当にいいものにたくさん出会ってほしいです。それが栃木の街を大切にする気持ちに繋がっていくのだと思います」

230年もの間この街と人を見つめてきた企業だからこそ、「よい伝統を次の世代に伝えたい」という気持ちが強く、こうした地域活動に繋がっているのだと感じました。

2010年11月22日掲載  取材:小保形

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