企業ボランティア事例紹介
中村眼鏡店(メガネのなかむら)
昭和37年創業の神奈川県横浜市に3つの店舗を構える中村眼鏡店では、壊れたり、度が合わなくなり不要になった眼鏡を使った社会貢献活動をしています。
「なかむら」の看板を掲げたお店の中は、色や形がさまざまな眼鏡がずらりと棚に並べられています。その一角に『メガネポスト』と書かれた箱が置いてあり、中にたくさんの眼鏡が入っています。
提供された眼鏡を入れるメガネポスト。
「お客様が使わなくなってお店に提供していただいた眼鏡です。集まった眼鏡はひとつひとつフレームを直し、新しいレンズを入れ替えて、老眼鏡にリニューアルします。そして年に一度タイを訪問して眼鏡が不足している地域の方々に寄贈しています」と語ってくださったのはご主人の中村實男さん(73歳)。一年間で500本くらい集まるそうです。
眼鏡3千本でタイへ
鳥取県で眼鏡店を経営する太田 勝さんから声をかけられたのが活動のきっかけでした。太田さんを筆頭に、高い技術を持った全国の眼鏡店10社ほどが協力してタイへ眼鏡の寄贈を始めました。2003年に「NPO法人 日本‐タイ王国メガネボランティアグループ」(鳥取県倉吉市)となり、これまで11回タイへの訪問活動が行われています。
──中村さんご自身は、どのような思いがあってこの活動を始められたのですか。
「これまで眼鏡を通じて私の生活は成り立ってきましたから、眼鏡で何か人の役に立ちたいという思いは前から持っていました。しかし、自分で旗を揚げる余裕はなかったんです。ですから、いい仲間に巡り会えて、毎年続けさせてもらえることにとても感謝しています。」
──寄贈先のタイとは何かつながりがあったのですか?
「最初はカンボジアなど情勢の厳しいところを考えていましたが、当時の治安状況などから大使館の許可がおりませんでした。けれど、カンボジア大使館の日本人スタッフの方が赤十字に話をつないでくれまして、さらにそこからタイの寺院に話をつないでくれたことでタイでの活動が実現しました。」
一度に寄贈される眼鏡の数は、全部でおよそ3千本。各眼鏡店の社員20名近くが修理した眼鏡を持ってタイを訪れます。以前は自分たちで大量の眼鏡が入った箱を抱えて現地に飛んでいました。訪問先の寺院の方が空港で出迎えてくれ、税関にボランティア活動のための眼鏡であることを説明してくれたそうです。昨年からは寺院の方の手続きによって、事前に眼鏡を送ることができました。
眼鏡の配布活動は、タイ各地の仏教寺院を会場として提供してもらい、2〜3日間行っています。
信頼関係があるから続けられること
──言葉も違う外国での活動を始めるというのは、現地の方の協力があってもとても大変だったのではないですか。
「それが、寺院の受け入れ態勢がしっかりしていたおかげで、初めから大きな混乱もなく活動できました。場所の提供だけでなく、眼鏡を必要としている人々を集めたり、食事の炊き出しをしてくれたりと、寺院の僧侶の方々は活動にとても協力的です。また、現地の日本語学校の先生や生徒、その友人など、さまざまな人がボランティアで通訳などの手伝いをしてくれます。
一度に3千人近い人を集めて行うというのは、1回や2回の活動だったら何とかできるかもしれませんが、10年以上も続けられているのはタイの僧侶の方々の力が大きいですね。」
──そんな僧侶の方々の印象はいかがですか。
「タイの仏教は戒律が厳しいようですから、私たちが食事をする時も決して一緒に食べようとはしません。私たちが食事を済ませ出てくるまで玄関で待っています。ほがらかでありながら、常に真面目で何事にも使命感を持って取り組む様子にはとても感心しました。」
僧侶の方たちが日本から来たボランティアを毎年熱心に協力してくれるのは、活動の真剣さが伝わり、信頼関係が築かれているからのようです。
眼鏡を受け取りにきた人々の行列。
眼鏡の配布当日、朝早くから寺院には大勢の人が集まります。中村さんたちは視力のチェックやかけ心地を調整して、ひとつひとつ手渡しします。
「現地で朝から晩まで活動するのはとても疲れます。バスでの移動に10時間近くかかることもあります。だけど、だれも利益を求めない、みんなが善意のみで動いているというのは、やっていて気持ちがいいです。」
眼鏡店の技術者の手によって、ひとりひとり視力やかけ心地を調整する。
近隣から集まった人たちは、それまで老眼鏡を使用していなかった人や度が合わないものを使っていた人も多く、ものがよく見えるようになったことでたくさんの笑顔があふれています。
持っていった眼鏡のうち配布後に余ったものもできるだけ生かしてもらおうと、現地の赤十字に持っていきます。
2〜3日の活動日程をみっちりこなして、終わったら観光をする間もなくすぐに日本へ帰ります。
本当の善意の気持ちを届けたい
タイでの活動も大変ですが、寄贈する眼鏡を一年かけて準備するのも手間暇かかる作業です。使用されなくなった眼鏡の収集は、お客さんから下取りをしているところもありますが、中村眼鏡店では無償で譲り受けています。
──下取りをしないのには理由があるのですか?
「下取りをした方がたくさん集まるのかもしれませんが、お客様の本当の善意の気持ちをそのままタイへ届けたいので、無償でいただくようにしています。眼鏡店の私たちが『何かできることをしたい』と思うように、お客様も『何か協力したい』という気持ちがあるのではないでしょうか。お客様には現地からその日の活動の様子を絵はがきにしてお知らせするようにしています。」
集まった眼鏡は、社員のみなさんが仕事の合間に修理をします。眼鏡を受け取ったタイの人たちが4,5年は十分に使えるよう、丁寧に直していきます。レンズは全ての度数に対応できるように用意していきます。
──会社の社会貢献活動として心がけていることはなんでしょうか。
「社員全員が関わるということです。眼鏡の修理作業は、勉強も兼ねて若手の社員が中心となって行っていますが、最後には全員で出来をチェックします。せっかく会社でやっている活動ですからみんなで関われるといいですよね。」
入社3年目の見座(みざ)克典さん(31歳)にお話を聞くと、
「修理する眼鏡は、一度バラバラに分解してから組み立て直します。お客様が長く大切に使われていた眼鏡ですので、使っていた人の「癖」がついていますし、汚れもきれいに取り除かないといけません。社員みんなで手分けをして作業をするのですが、新しい眼鏡を作るよりも時間がかかってしまうこともあります。
だけどそうした苦労があっても、眼鏡を受け取って喜んでくれる人がいるからこそ頑張れますし、自分たちの手で修理した眼鏡がタイで役に立つなんてうれしいですよね。」
社会で生きることは、だれかの役に立つこと
また、中村眼鏡店では、毎年中学校の職業体験学習も積極的に受け入れています。
実習内容は店舗近くの駅前の清掃から始まり、視力の検査や眼鏡の加工、組み立てなど眼鏡店の仕事を教わります。
──どのような思いで受け入れを始めましたか。
駅前の清掃のようす。
「社会とは、役に立たなければ生きていけないものだと思います。逆に、何か役に立つことができれば社会は受け入れてくれるものです。ここへ来てくれる中学生には、『社会の中で人に喜んでもらうというのはどういうことか』を感じてくれたらいいなと思っています。
駅前の清掃については、最初は中学生たちもびっくりするようですけど“通りがかりのおばさんに「ごくろうさん」と声をかけてもらってうれしかった”と作文に書いてくれた生徒もいました。
勉強だって、いずれ社会の役に立つために今勉強しているわけですよね。必ずしも自分がやりたい仕事ばかりをできるわけではないけれど、目標を持ってがんばった人は、自信を持って社会に出て行けるんじゃないでしょうか。」
──それは中村さんご自身の経験から感じたことでしょうか。
「私が若い頃は、今のように当たり前に高校や大学へ進学できる時代ではありませんでした。私が社会に出て、独立して眼鏡店を開業するという時はさまざまな不安はありましたが、たとえ小さいお店でも作ることができました。それは、目標に向かって自分なりに努力して学んできたことと、自分の周りにいた人たちの協力があったからだと思います。その当時は仕事が忙しくても、たとえ睡眠が1,2時間しかとれなくても平気でした。社会に出てから楽をしようとしたら、目標を成し遂げるのは難しいですよね。
そういう体験があったので、まずは社会奉仕からと思い、子どもたちに清掃も含めてやってもらっています。理解してくれているといいのですが。」
自分たちの活動が必要でなくなる社会を願って
──活動の今後についてお聞かせください。
「タイには私たちのもとに眼鏡を求めて集まってくれる人が今もたくさんいます。タイの国力はすばらしいものがありますから、今後国全体がさらに成長して、地域住民の人たちが我々の活動を必要としなくなったらいいなと思います。そういう日が来ることを願って、需要があるうちは活動を続けていきたいと思っています。」
取材 小保形