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インタビュー

2006年7月 1日

武久源造さん近影

〈鍵盤楽器奏者〉
武久 源造(たけひさ げんぞう)さん

曲を聴いて自分で
点字の楽譜を作ります
音楽を把握する早道なんですよ

NHKラジオ第一放送の「ときめきカルチャー」に4月から登場し、軽妙なおしゃべりでクラシック音楽の楽しさを語っているのが、鍵盤楽器奏者の武久 源造さんです。武久さんは、1957年、松山市生まれ。1歳のとき病気で失明しました。 豊富な音楽史の知識に支えられた演奏には、高い評価が寄せられています。チェンバロなど5台の鍵盤楽器が並ぶ武久さんのスタジオで、話をお聞きしました。


Q.先日は、教会でのオルガン・コンサートを聞かせていただきました。柔らかな音色に包まれたすてきなコンサートでしたが、武久さんが弾く楽器はオルガンだけではなく、繊細な音色のチェンバロや現代のピアノなど、幅が広いですね。

武久:自分がやりたい音楽がいっぱいあるんですよね。音楽がいっぱいあるんで、必要な楽器を集めていったら、まあ、こうなったんです。

Q.時代も、バロック以前から現代まで?

武久:そうです。ただ、西洋音楽史と言ったって、800年しかないんですよ。その800年を見渡して全部やってみようと思った訳です。今までやったコンサートでは、中世の初期から現代まで、自分の作品も含めると、まあ、一応、800年を網羅しているんですけどね。

Q.新しい曲に挑戦するとき、楽譜はどうやって読み込むのですか?

武久:玄関のところにあったでしょ、点字の楽譜がいっぱい。あれは、イギリスのロンドンの点字出版所から買ってるんですけど。点字になっているものは全部チェックして、手に入れます。なってないものは、自分で作ります。印刷された楽譜をもとに誰かに演奏してもらい、それを、私が点字で書き留めます。(註:点字の楽譜は、音符ひとつひとつについて、高さ、長さ、強弱を記号化し、点の組み合わせで表します)

Q.時間がかかるでしょう。たいへんですね。

武久:点字の楽譜を自分で作ったときには、ほとんど音楽は把握しているので、それがいちばん早道なんですよ。昔の人は、でも、そうやったんですよ。バッハだってベートーベンだって。ほかの人の楽譜は、ほとんど写譜したんだからね。それは、いい勉強法なんですよ。ほんとはね。簡単なものなら、その段階で暗譜してしまいますし。

Q.部屋の隅に工具がいっぱいありますが、ご自身で使われるのですか?

武久:自分で羽を削ったり、弦を張り変えたりします。

写真:棒の先に、鳥の羽軸がわずかに見える。これで弦をひっかく。

Q.「羽」ですか?

武久:チェンバロは、鍵盤を押すと、羽の軸で作る爪が弦をひっかいて音を鳴らします。これですが、わかりますか?

Q.小さな突起が、長さ5ミリくらいですか?見えますが・・・

武久:それが羽で作る爪です。羽は薄くすればするほど、ノイズが減っていい音になるんです。だから、できるだけ薄く。しかも、先の方ほど薄くしてやる。

Q.指先の感触で削っていくのでしょうが、最初は失敗もありました?

武久:もちろんもちろん。もうたいへんでしたよね(笑い)。いま、日本のほとんどのチェンバリストが使っているのは、爪がプラスチックなんですが、私は、気に入る音を探して、10種類くらいの鳥を試してみました。ハゲタカとかね、本当はハゲタカがいちばん好きなんですが、高いんですよ。よく飛ぶやつがいいんです。

写真:チェンバロを弾く武久さんの後ろに、工具と鳥の羽

Q.音へのこだわりが伝わってきますね。今度、武久さんのコンサートに行ったら、心して耳を傾けます。

武久:僕が好きな宇治拾遺物語の話にね、どんぶりを飛ばすお坊さんの話があるんですが、知っていますか? お坊さんが、村の一軒一軒に、どんぶりを飛ばすんですね。村人がそこに寄進物を置くと、お坊さんはどんぶりを呼び戻す。それがほんとかうそかはこの際問題じゃなくて、みんながそう信じられたところに、この話の良さがある。信じられたから、お坊さんも神通力が使えた訳です。音楽会場に起こっていることもそれに近いんですよ。みんなが、そこで、すばらしい音楽が鳴ってほしいと信じて集まってくる。その力をレンズみたいに集めて1つのパフォーマンスにできれば、それは成功する訳ですよね。奇跡がおこる。今は、どんぶりが軒先にあっても、誰もお坊さんが飛ばしたとは思いませんから、コンサートも成立しにくい時代なのかもしれません。でも、その奇跡をめざしたいですね。

武久さんは、現在、フェリス女学院大学音楽学部講師。「ゴールドベルク変奏曲」や「鍵盤楽器の領域」など、録音したCDは専門誌から高い評価を得ています。