私には三歳の頃から「吃音」があり、約二十年間吃音と共に生きてきました。吃音は、話し言葉が滑らかに出ない発話障害のひとつです。私はその中でも、言葉が出にくく、言葉を発するまでに時間がかかってしまう「難発」という症状があります。想像しづらいと思いますが、言葉を出そうとするのに、言葉が喉で詰まってしまい、声として出てくれないような状態です。
また、吃音の症状には非常に大きな個人差があります。私の場合は、特に母音が出しにくく、また電話や人前での発表などで症状が強く出てしまいます。同じ吃音と呼ばれていても、その種類や症状が現れやすい場面、出しにくい言葉などは一人ひとり異なります。
吃音と共に生きてきた中で、ずっと心に抱いていたことは、周囲に「吃音を伝え、理解してもらう」ことの難しさです。吃音は外見からは分かりづらく、調子が良いときには普通に話せることもあるため、周囲にはなかなか理解されにくい障害だと思います。その「分かりにくさ」に、長年もどかしさを感じてきました。
私はこれまで、自分から吃音を誰かに打ち明けたことはほとんどありません。その理由は、「普通でいたい」という気持ちと、「周りから理解されるのだろうか」という不安や怖さがあったからです。そのため、周囲に吃音を隠しながら生きてきました。
年齢を重ねるにつれて、自分の症状の特徴やそれらの対処法が少しずつ分かってきます。言いにくい言葉は別の表現に置き換えたり、詰まりそうな言葉の前では一拍おいたりと、日々頭をフル回転させながら、少しでもスムーズに話せるように工夫しています。
しかし、その「隠す」生き方が、時に自分を苦しめることにもなりました。
高校三年生のとき、私は初めてアルバイトを経験しました。レジ業務を希望し、スーパーで働き始めましたが、言わなければいけない定型文の一つがどうしても言えず、次第にレジを外されるようになりました。気づけば品出し担当ばかりで、周りの人がレジと品出しの両方を割り振られている中で、私は品出ししか割り振られないことに恥ずかしさと悔しさを感じたことは、今でも忘れることができません。いま思うと、「この言葉が出にくいので、別の言い方でもいいですか」と誰かに伝える勇気があれば、レジを続けられたのかもしれません。しかし、当時は言い出す勇気がなく、ただ言われた通りにすることしかできませんでした。
また、電話では言葉が出ずに沈黙が続き、相手に切られてしまうことや、挨拶が声にならずに何度も注意されてしまうこともあります。挨拶をすることは当たり前、元気にしたい気持ちもあるのに、その気持ちに反して声が出ないのです。そんな当たり前のことができない自分が情けなく、悔しく思います。
吃音は、大人の百人に一人が持っていると言われており、決して珍しいものではありません。しかし、私はこれまで吃音のある人に出会ったことがありません。きっと、多くの人が、私と同じように隠しながら生きているのだろうと思っています。
そんな私が、吃音を自ら伝えようと決意した出来事があります。それは、就職活動の面接です。現在私は大学四年生で、今から約一か月前に就職活動を終えました。ものづくりに携わり、多くの人に感動やワクワクを届けたいという想いから、建設業界の事務職を中心に、複数の企業へエントリーをしました。
しかし、実際の選考が始まると、面接で思うように話せないという現実にぶつかりました。エントリーシートを通過することができても、一次面接で落ち続け、初めての面接から七社連続で不合格でした。もちろん実力不足もありますが、何より悔しかったことは、準備していた想いや言葉を面接官に伝えられなかったことです。志望動機や自己PRは頭の中にしっかりとあるのに、いざ面接官を前にすると、言葉が声として出てくれません。沈黙が続いてしまったり、それに焦って話を省略してしまったり、頭の中で言いやすい言葉を探して混乱してしまったりと、面接では、伝えたかった内容の半分も伝えきれずに終わってしまうことばかりでした。
そんなとき、あるネットニュースに出合いました。それは、「吃音のある学生が、八社連続で落ちた後、面接で吃音を打ち明けたことで企業の対応が変わった」というものでした。その記事を読んで、私は改めて考えました。
吃音があることはコミュニケーションの部分で周りに比べて劣ってしまうため、「吃音を伝えることはマイナスになる」とずっと考えていました。しかし、どれだけ準備をしても、実際の面接で言葉に詰まってしまう現実は変わりませんでした。それなら、「一度吃音を正直に伝えてみよう」、そう決意し、ある面接で初めて「吃音があること」を面接官に伝えました。
「私は吃音を持っているため、言葉に詰まってしまうことがありますが、ご了承いただけると幸いです」
すると、面接官はこのように言ってくださいました。「全然大丈夫ですよ。吃音を気にして話すことをためらうのではなく、時間がかかっても構わないので、思っていることをしっかりと話してくれると嬉しいです」。私はこの言葉に救われ、その面接では詰まりながらも、焦らず自分の想いを全て伝えることができました。それ以降の面接でも、冒頭で吃音を伝えるようにしてみると、想像していた以上に、多くの企業が吃音を前向きに受け止め、耳を傾けてくださいました。
中でも、就職活動で一番印象に残っている言葉があります。それは、ある企業の採用担当の方が言ってくださった「勉強しました」という言葉です。最終面接で初めてお会いしたその方は、一次・二次面接の内容を他の社員から聞き、私が面接で話しやすくなるよう、吃音について自ら学んでくださっていたのです。大きく頷きながら話を聞いてくださることや、話し終わるまで待ってくださったことなど、話しやすい環境を作ってくださったことがとても嬉しく、安心して話すことができました。
その後の面談でも、電話や人前での発表が苦手なことなど、働く上での不安を打ち明けると、「できないことは最初に伝えてくれれば良い。理解してくれる人はたくさんいる。失敗してもいいから、挑戦したい気持ちがあるなら、積極的にやってみて欲しい」と言ってくださいました。その言葉に背中を押され、私はこの会社で働きたいと思い、入社を決めました。
私にとって吃音は「治せるなら今すぐにでも治したい」と思うものであり、とても大きな壁です。しかし、就職活動を通して、吃音を「理解しよう」としてくれる人、「寄り添おう」としてくれる人が、思っている以上にたくさんいることを実感しました。「自分にはできない」と思うようなことでも、周りの方々のおかげでできることもあるのだと、身を持って感じました。
「綺麗な花もいいけど、傷をも誇れる花になろう」
これは、私が就職活動期間に救われた言葉です。
私はうまく話せないけれど、そんな自分も誇れるように、吃音を理由に躊躇することなく、何事にも挑戦し続けたいと思います。
いまは、自分がやりたかった仕事に就けることにワクワクしています。まだ、スタートラインにも立っていませんが、いつか私も、就活でお世話になった方々のように、「誰かに寄り添い、背中を押すことができる人」になりたいです。
吃音は目に見えない障害です。だからこそ、悩みを抱えたまま誰にも言えず、ひとり苦しんでいる人も少なくないと思います。しかし、言葉がうまく出なくても、想いは伝わり、理解してくれる人は必ずいます。もし、誰にも言えずに苦しんでいる方がいるのなら、この話がその方の背中をそっと押すきっかけになれたら幸いです。
吃音の理解が少しでも広がり、すべての人にとって生きやすい社会になることを、心から願っています。
受賞のことば
これまで、吃音は理解してもらえないものだと勝手に思い込み、ずっと隠してきました。しかし、今回の経験を通して、それは決して一人で抱えるものではなく、理解してくれる人、支えてくれる人が確かにいるのだと気づきました。面接でお世話になった方々には、本当に感謝しています。同じような不安を抱えている方に、私の経験が少しでも届けば嬉しく思います。この度は作品を選んでいただき、ありがとうございました。
選評
就職活動を機に“自身の障害を周囲に伝えよう”と決意された福井さん、その思いをしっかり受け取り面接をした採用担当者。その場に流れたであろうポジティブな空気まで文章から伝わってくるようでした。それまでは「理解されるのか」という不安や怖さから障害を隠して生きてきたともありました。長い葛藤を経てご自分の力で新しい一歩を踏み出された姿に、背中を押される読者は多いと感じました。風がすっと心を通り抜けたような、清々しさに包まれた作品でした。(小野 洋子)
以上