第60回NHK障害福祉賞 厚生労働大臣賞受賞作品
~第1部門より~
「私のいろいろ」

著者 : 松下 奈津希 (まつした なつき)  東京都

私はちてきしょうがいがあります。
今まで楽しいことやうれしいこともたくさんあったけれど、こまったことや大変なこと、つらいこともたくさんありました。小さかった時のこととか、わすれてしまっていたことは、お母さんに聞きました。いろいろな出来事を書きたいと思います。
へいせい8年10月26日、3,060グラムで私はうまれました。
ねることが苦手な赤ちゃんだったみたいです。音にびんかんで、ビニールのガサガサいう小さな音でもすぐにおきてしまいました。今も大きな音は苦手です。
だっこが好きでベビーカーはあまり好きではなかったみたいです。
くつ下をはくのが好きではなくて、ようふくのタグがいたくかんじたり、きつくないようふくもきつくかんじていました。今は小さいころよりは、よくなりました。
かいだんをのぼることは出来たけど、こわくて降りることがなかなかできませんでした。ジャングルジムも上からおりることが出来なくてこまりました。
ひらがながなかなかおぼえられませんでした。書くのもむずかしくて、お手本があっても同じように書けなくて何ども練習しました。今もかん字やえい語は苦手です。
小学校1、2年生の時、国語のきょうかしょをよむしゅくだいが毎日でました。しゅくだいをやったらお花に色をぬって、先生に見せます。時間はかかったけど、さいしょはみじかい文だったので、がんばってよんでいました。でもだんだん長い文になっていって、3回読まないとお花に色をぬってはダメで、私のお花は白いままになってしまいました。お母さんがルールブックという本を買ってきてくれました。その本には、「人から何かをもらったらありがとうと言いましょう」とか、「自分が言われていやなことは人にも言いません」とか大切なことがたくさん書かれていました。お母さんが先生に、きょうかしょのかわりにこの本を家で3回ずつよむというしゅくだいに変えさせてほしいですとおねがいしてくれました。だから私はその本をよんで、毎日お花に色をぬりました。
休み時間が私は好きではありませんでした。みんな休み時間になるとこうていにあそびに行ってました。でも私は一人ぼっちだったのできょうしつにいました。先生に「休み時間はこうていにあそびに行って」と言われました。すごくこまりました。
小学校3年生からとくべつしえん学きゅうに行きました。バスに2回乗って行きました。ずっとお母さんにおくりむかえしてもらっていました。でも一人で学校まで行けるように、少しずつ練習して、一人で行くきょりをのばして行きます。はじめて一人でバスに乗った時はドキドキしました。学校から帰る時、友だちにバスのていきをとられてしまって、かえしてもらえませんでした。どうしていいか分からなくて、パニックで泣きながらバスていに行きました。うんてんしゅさんに「どうしたの?」と聞かれました。「ていきがない」とだけ言えました。やさしいうんてんしゅさんで「次に乗る時に、今日のぶんのお金もはらってね」と言って乗せてくれました。
しえん学きゅうの中学は家のちかくでした。とくべつしえん学校の高校は、電車の乗りかえとかもあったから大変でした。電車は止まらない電車もあるし、と中からちがう方にわかれるのもあるし、かいさつも1つでないえきもあるからむずかしくて、なんかいもなんかいも練習したけれどおぼえるのがすごく大変でした。〇〇ほうめんとかかん字で書いてあるとわからないしおぼえられないので、1番ホームとか2番ホームって紙に書いてもらって、いつもその紙を見ながら学校に行っていました。今でも電車やみちをおぼえるのが苦手でむずかしいです。
はじめて会社に行った時、私のせきがありませんでした。「とりあえずここに座ってて」と言われました。次の日もその次の日もせきがなくて、その日にお休みした人のせきに座りました。毎日朝会社につくまでどこに座ったらいいのかわからなくてすごくふあんでした。「しょうがいしゃがとなりにきたいやだ」と言う人や、「明日私休みだから、私のせきに座られちゃう」といやそうなかおをされてかなしかったです。
おぼえたり、出来るようになるまでに時間がかかるので、仕事をおぼえるのはすごく大変でした。学校で、はたらいてお金をもらうということはせきにんがあるから、ミスなく正かくにていねいに仕事をするとおそわったので、ゆっくりですがミスがないかかくにんしながら、仕事をしました。ある人から、「もっとちゃんと仕事をして」と言われました。「私がいない時とか見てない時にさぼってる」みたいなことを言われました。私はさぼったりなんかしていなくて、いっしょうけんめいやってもそこまでしか出来ませんでした。毎日のようにいろいろ言われるようになったり、ほかの人も一緒に言ってきたり、見て見ぬフリをする人もいてすごくつらかったです。「きゅうりょうどろぼうかねかえして」と言われた時はすごくすごくショックでかなしかったです。お母さんは「ほかにもっといい会社があるから、もうがんばらなくていいんだよ」と言ってくれたけど、私はもう少しがんばろうと思ってしまいました。会社のトイレで泣いてる人がいて、つらいことがあってもその人もがんばって仕事をしているんだと思いました。でもだんだん目や足やかたがいたくなったり、気持ちがわるくなったりすることがふえて、朝おきあがれなくなってしまいました。私がしょうがいしゃだからいやだったのか、私がダメだからいやだったのかわからないけれど、人がこわくなってしまいました。
さいきんこまったことがあります。行き方の練習をする時にけしきやおみせをめじるしにしておぼえたり、しゃしんをとっておぼえたりしています。さいとうたくみさんのカンバンをめじるしにおぼえていたのに、ある日アニメのカンバンにかわってしまっていておりるかいだんがわからなくなってしまいました。あとは工事していて、とおれていた道がとおれなくなってしまった時も道がわからなくてすごくこまりました。あせってあせがとまらなくなりました。
乗っていた電車がきゅうにうんてん見合わせになってしまった時すごくこまりました。みんなどんどんおりて行ってしまって、いなくなってすごくあせりました。えきいんさんはみんないそがしそうにしていて話しかけれないし、聞けたとしても口で言われてもわからないし、練習してからでないとちがう行き方はむりなので、ただそこで電車がうごくのをまつことしかできませんでした。いつうごくかわからなくて、すごくふあんでしんぱいでした。
はじめて行くびょういんは、もんしんひょうを書かないといけません。今はお母さんと一緒に行くからわからないところは聞けるけど、一人で行かないといけなくなったら、よんだり書いてあるいみがわからなくてきっとこまると思います。
これから先もいろいろこまることがたくさんあると思います。出来ることをふやしていきたいです。しょうがいしゃでもくらしやすい国になったらうれしいです。

受賞のことば

とくべつしょうにえらんでいただいてすごくすごくうれしかったです。うれしい事があると、つらい事や大変な事があってもがんばれます。本当にありがとうございます。
私には、かなえたいゆめがあります。
なのでこれからも出来る事をふやしてがんばっていきます。

選評

周囲からはご本人の困り感が理解されにくいとされる知的障害。「ひらがながなかなかおぼえられ」なくて「書くのもむずかし」かったと振り返る筆者ですが、本作品はとても丁寧な手書きの文章でつづられていました。
知的障害のある「私」が、勉強や通学、仕事などでどのようなことに困り、どのように配慮してもらったときにうれしかったのか。優しく接してくれる人やそうとはいえない人もいるけれど、前へと歩み続ける「私」目線のエピソードが教えてくれます。(松崎 貴之)

以上