第54回NHK障害福祉賞 優秀作品
〜第2部門〜
「うさぎと一緒に」

著者 : 石川 洋子 (いしかわ ようこ) 神奈川県

「おかあさん!ゆきがどんなうさぎかについて、詳しく教えてあげようか?あのねぇ、からだはまるで雪みたいに白いんだけど、お尻のあたりにすこーしだけ黒いぶちがあるの。それでねぇ、好きな食べ物はにんじんとかチモシーとかブロッコリーの茎とか。にんじんはねぇ、ヘタの周りのオレンジの部分が特に好きなんだよね。それと好きなおもちゃは砂場のスコップ。なんでそんなことがわかったかっていうと、ある日あたしが思いついちゃったからなんだ。チモシーをあげるときに、ただ手から普通にあげるんじゃなくって、砂場のスコップに乗せてあげたら楽しく食べられるんじゃないかって。それで試しにそうしてみたら、すごーく楽しそうにむしゃむしゃ食べたの。そのときあたしはっきりわかったんだ。あぁ、ゆきは砂場のスコップが好きなんだなぁって。だから最近は、餌の時間じゃなくてもゆきとスコップで遊んであげてるの。ゆきってほんとかわいいんだよ。でもね、あたしゆきのことこんなにかわいがってんのに、しょっちゅうかまれたりひっかかれたりしちゃうんだ。ほらこの絆創膏(ばんそうこう)も、今日ゆきに噛まれて先生がお手当てしてくれたやつだし。飼い犬に手を噛まれるとはこのことだね。だけどゆきがときどきこういうことしちゃうのは、臆病だからなんだってさ。臆病って、怖がりってこと。どう?あたしゆきについてすごーく詳しいでしょ。うさぎ博士でしょ。だってあたし、大人になったらうさぎの飼育員になろうと思ってるから」

五歳の娘、すーちゃんは、いつもこんなふうにとめどなくしゃべっています。
常にやりたいことがあり、常に行きたい場所があり、常に言いたいことがあり、常に知りたいことがあり、朝から晩まで大忙し。特に口は、寝ているとき以外ずっとしゃべっているんじゃないかというくらいにフル稼働。おまけに喜怒哀楽すべての感情が、一日の中で何度もジェットコースターのようにやってくる。
だからすーちゃんとの毎日は、まるで嵐のようにびゅびゅびゅびゅーっと過ぎてゆくのです。

この春、幼稚園の年長さんになりました。大好きな先生たちと大好きなお友達と、そして大好きなうさぎたちに囲まれて、めいっぱい園生活を楽しんでいます。去年から専らうさぎのお世話に夢中で、今は保育時間のほとんどをうさぎのケージの前で過ごしているそうです。お友達のことは好きですが、「みんなで絵を描きましょう」「みんなで歌を歌いましょう」といった一斉活動は基本的に苦手なので、あまり参加していません。たまに参加したときも、途中で「先生、息苦しくなりました。お外で遊んできます!」と言って、補助の先生と一緒に園庭に行き、砂場でどろんこ遊びをしたり、うさぎのお世話をしたりしています。なぜすーちゃんに補助の先生がついてくださっているかというと、アスペルガー症候群という発達障害があるからです。

最初に発達障害を疑い始めたのは、二歳を過ぎた頃でした。一歳半で、名詞と動詞を組み合わせて三語文を話せたすーちゃんは、二歳を過ぎるとほとんど大人と対等に話せるようになっていました。おもちゃより食事より話すことが大好きで、言葉というものを心から愛しているように見えました。

しかしこの頃からすーちゃんはとにかく情緒が不安定で、周囲の人への暴言が止まりませんでした。例えば公園で会った子どもには、「あたし子どもは嫌いだからあっち行って。子どもってしゃべるの下手だから何言ってんのかわかんない」と言い放ちます。まだ二歳のすーちゃんが、です。
さらに三歳を過ぎると、「こんにちは」と挨拶をしてくれた見ず知らずの人に「あなたは誘拐犯ですか?知らない人とは口を利かないことにしてるので」と言うようになりました。
おまけにたいていの子どもが好きであろう褒められること≠ェ大嫌いで、それもトラブルの原因になりました。通りすがりのおばあちゃんに「あら、かわいいお洋服。お似合いよ」なんて言われたら、すーちゃんは全身で怒りながらこう言います。
「なんでそんなこと言うんですか?かわいいなんて言われたくない。褒め言葉は嫌いなの。恥ずかしいから大っ嫌いなの。もぉ〜!!」そして地団駄(じだんだ)を踏むのです。

また、次第に発達障害特有の衝動性や感覚過敏も目立つようになり、トラブルはさらに増えました。

例えば病院に行ったときのこと。
私が受付をしている間に水槽の熱帯魚が気になり、看護師さんが胸ポケットに挿しているボールペンが気になり、待合室の患者さんが読んでいる雑誌が気になり、小さな子どもの持っているおもちゃが気になる……といった具合に、次から次へと興味の対象を見つけてしまい、すぐさまそこへ向かっていくのです。つまり、常に走り回っている状態になります。
好奇心旺盛なのはすばらしいことですが、病院で走り回るのは良くないことなので、私はいつもすーちゃんを諭しながら困り果てていました。
「走っちゃダメ!」と腕をつかむと「痛いから離してー!」とかんしゃくを起こしてしまいますし。
しかしときには、走り回るすーちゃんを見て「子どもだもん。元気があっていいじゃない」と言ってくださる方がいました。そして、「元気でいいねぇ」と声をかけてくださったり、頭に手を乗せてポンポンとしてくださったりするのですが、そこですーちゃんは感覚過敏のスイッチが入ってしまうのです。
「うわー、頭をたたかれた!痛い!なんであたしをこんな目に遭わせるのよぉー!」と。

多くの人から見たら、これはちょっと異常な反応に見えることでしょう。
ただわーっと泣かれただけなら「ごめんごめん、びっくりさせちゃて」となるかもしれません。でも、すーちゃんのように「ひどい目に遭わされた!」とパニックに陥られると、「良かれと思って取った行動なのになぜ?」と傷ついたり腹が立ったりしてしまいます。当然のことだと思います。
すーちゃんの中では、突然からだを触られると本当に「叩かれた」と感じているのですけれど……。
だからすーちゃんと外に出ると、私はいつも誰かに謝っていました。「すみません」「申し訳ありません」「ほら、ちゃんと謝りなさい」と。
しかもすーちゃんが暴言を吐く相手はいつだって、関わろうとしてくれた人、仲良くなろうとしてくれた人、楽しくコミュニケーションを取ろうとしてくれた人たちでした。すーちゃんは、そんなたくさんの優しい人たちを、言葉で傷つけてしまいました。何より大好きな「言葉」によって。

私はその人たちに対して心の底から申し訳なく思い、心の底から謝りました。そして、どうしてすーちゃんが人に対してこんな態度を取ってしまうのか、心の底から疑問でした。
「なんでそんな態度を取るの?なんでそうやって人を傷つけるようなことを言うの?こんなこと繰り返していたら、この先みんなから嫌われて、一人ぼっちで生きていくことになるからね!」と、何度も何度も厳しく叱ってしまいました。

しかし私を一番悩ませていたものは、
「このままでは、すーちゃんのいいところを誰にもわかってもらえないのではないか。家庭以外の居場所がなくなるのではないか」
という大きな大きな不安でした。

衝動性が強くてじっとしていられないし、感覚過敏もあるし、おまけに癇癪持ちだし暴言も吐くし、確かにトラブルメーカーです。
しかし私は、そんなすーちゃんの優しいところ、面白いところ、かわいいところをたくさん知っていました。一日中暴言を吐いているわけではないのです。暴言を吐くこともあるけれど、それはほんの一部分であり、すーちゃんだってやはり、どこにでもいる無邪気でかわいい子どもなのです。
それなのに、これから始まる幼稚園、学校、そして社会の中で「しつけの悪い子」「空気の読めない子」「意地悪な子」「身勝手な変わり者」として扱われ、すーちゃんのいいところや面白いところを見てもらえなかったらどうしよう……と将来を悲観していました。

「この子がいつも衝動に駆られてしまうのは、好奇心と探求心の塊だからなんです!その証拠にめちゃくちゃもの知りなんですよ!暴言だって、子どもなら多かれ少なかれ誰でも吐くでしょう?この子の暴言がトラブルにつながるのは、あまりに語彙が豊かだからなんです。口が達者だからなんです。おしゃべりが大好きだから、ふだんはものすごく話が面白いんですよ!ほんとは優しい子なんですよ!」と、大声で叫びたい気分でした。親ばかですが、私は本当にそう思っていました。
「トラブルメーカーの娘とはなるべく出かけないようにしよう」とは一度も思いませんでした。行く先々(さきざき)で謝るのは大変でしたが、それでも幼いすーちゃんと一緒に出かけることは楽しかったのです。

そんな不安と楽しさの交錯する日々を過ごしてきたので、四歳半で「アスペルガー症候群です」と診断が出たときは、私も主人も心の底から安堵(あんど)し、今までのすーちゃんの言動や行動のすべてが腑(ふ)に落ちました。「この子は発達障害なんじゃないか」と疑い続けてきた二年半のモヤモヤが、すーっと消えた瞬間でした。

幼稚園や学校で、「この子には発達障害があります。こんなとき、こんな理由で、こんな振る舞いをしてしまうんです。でもそんなときは、こうやって対処すれば大丈夫です。困りごともたくさん抱えていますが、好奇心旺盛でおしゃべりが大好きな面白い子なんです」と理解を求めたり、必要に応じて支援をお願いしたりしていいのだとわかって、本当にうれしかったのです。そうすれば、周囲にすーちゃんの特性をわかってもらった上で、いいところも見てもらえるかもしれない。それって素晴らしいことじゃないか、と。

また、診断が出たことによって、私の周りに子育てサポーターがどんどん増えました。
保健福祉センターにある療育相談班のケースワーカーさん、心理士の先生、障害がある子どもを預かってくれるデイホーム、小児科の先生、発達の主治医の先生、作業療法や理学療法の先生、そして幼稚園の先生方や保護者の方々。
私が子育てで悩んだとき、気軽に相談できる人がこんなにいるのです。すーちゃんのおかげでたくさんの人と繋がれて、私の世界もぐんと広がりました。

そして診断が出てからというもの、私とすーちゃんはそれまでの何倍も仲良くなりました。
今まで私が「なんで?どうして?」と思っていた振る舞いには理由があったんだとわかって、必要以上に叱ることがなくなったからです。
すーちゃんにも「おかあさんのこと、最近やっと大好きになったよ。今まではおっきな声で怒るのが怖くて、大っ嫌いと思うこともいっぱいあったんだ」と言われました。
今思えば、私が大きな声で感情的に怒るのは本当に怖かっただろうと思います。聴覚も過敏なので、耳から入る大きな声や大きな音が刺激となってしまい、それが癇癪の原因にもなるのです。
叱っても叱ってもうまくいかなかったはずだと深く反省しましたが、診断をしてくださった主治医の先生に「この子を怒らないで育てるのは無理ですよ。怒る前に十回深呼吸をして、それから怒る。そんなふうに育てればいいと思います」と言われ、だいぶ気持ちが救われました。
我が子の特性を知る。発達障害について知る。知るということの重要さを、今つくづく実感しています。

最後に、すーちゃんの大好きな幼稚園のことを書こうと思います。

「いろんな子がいていいんだよ。みんなみんな素敵なんだよ」という園長先生のお考えのもとに、さまざまな特性を持ったお子さんが集まる幼稚園です。
先生方もお友達も保護者の方も、みんながすーちゃんを面白がってくれます。いいところをたくさんたくさん見つけてくれます。
一歩外に出れば近所は同じ幼稚園のお友達がいっぱいで、どこへ行っても誰かが「あ、すーちゃーん!」と手を振ってくれます。そして驚くことに、「子どもは大っ嫌い!」と言って絶対に関わろうとしなかったすーちゃんが、「バイバーイ!」と手を振り返すのです。この光景は、私にとって奇跡としか言いようがありません。
先生方のことも大好きで、いろんな先生方に「大好きー!」と抱きついています。
そして、「挨拶は意味がないから嫌い!」と言ってかたくなに挨拶しなかったのに、いつの間にか「おはよう」「さようなら」「ありがとう」「ごめんね」が言えるようになったのです。入園してからというもの、良い意味でびっくりの連続でした。
すーちゃんにもちゃんとわかったのだと思います。幼稚園のみんなは、私のことを認めてくれている。ここは私の居場所なんだ。みんなのこと大好きになっていいんだ、と。

最近、担任の先生からとても嬉しい出来事を聞きました。
うさぎが大好きで、うさぎのことが常に気になってしまい、絵本の時間もお弁当の時間も教室に戻らないすーちゃんを見て、みんなが「すーちゃんも絵本が聞けるように、明日はうさぎの前で絵本の時間やろうよ」「すーちゃんも一緒にお弁当を食べられるように、今日は外にシートを敷いて、うさぎの近くで食べようよ」と提案してくれたというのです。「すーちゃんは、ほんとにうさぎのことを大事に思っているから」と。

その日は、帰ってくるなり「今日はうさぎたちを見ながらお弁当を食べたの!あたしだけじゃなくってね、みんなでおっきいレジャーシート敷いて、みんなも先生もうさぎたちのそばで食べたの。それでねぇ、明日の朝の絵本の時間は、雨じゃなかったらうさぎの前でやってくれるって!どう?楽しそうでしょ?」とニコニコしながら話してくれました。

みんながすーちゃんのことを否定しない。すーちゃんの特性をわかった上で、いいところを見てくれる。「こうしたらすーちゃん嬉しいんじゃないかな」と考えてくれる。なんて素敵な関係なのだろうと、胸を打たれました。
でもこれって、実はすーちゃんだけではなくみんなにとっても良いことだと思うのです。これからの長い人生で、みんなもいろんな人たちと出会うことでしょう。ときには「ちょっと扱いづらいな」「なんだか変わってるな」と周囲から思われている人と出会うこともあると思います。
そんなとき、きっとここでの経験が役に立つはずです。
みんなとちょっと違う人≠ノ出会ったとき、「なんだこいつ」と否定する前に、「この人のこの行動には、何か理由があるのかな?本当は困っているのかな?」と考えてみることの大切さを、この幼稚園のみんなは自然と学んでいる気がします。

「発達障害だからなんでも許して。みんなで支援して」などとは思いません。でも、「あなたはこういう人だもんね」という周囲の理解が、発達障害の人々をぐんと生きやすくしてくれます。そしてそれは、発達障害の有無にかかわらず、この世界に生きているみんなに共通することだと思うのです。自分を理解してくれる人や、ありのままの自分でいられる場所がなかったら、誰だって生きづらいのではないでしょうか。

すーちゃんがこれからも、好奇心に駆られてあちこち飛び回り、喜怒哀楽のジェットコースターに乗ってびゅんびゅん遊ぶ、おしゃべりな女の子でいてくれますように。
なんてったって、私の自慢の娘なのですから。

石川 洋子プロフィール

一九八五年生まれ 伴奏ピアニスト 神奈川県在住

受賞のことば

素晴らしい賞をありがとうございました。応募してから受賞のお知らせをいただくまでに、たくさんの方々がこの作文を読んでくださったと思います。そのことが、私はただただ嬉しいです。そして、娘を取り巻くすべての人たちと三羽のうさぎの、ゆき、ぴょん、りぼんに心から感謝しています。幼稚園生活は残りわずかですが、どんな場所に行ってもすーちゃんはすーちゃんのまま、いっぱい笑っていっぱいしゃべって生きていってほしいです。

選評

お母さんと、すーちゃんの日々が目に浮かぶ様な文章。全体を通じてお母さんの愛情が溢れ、清々しい読後感である。発達障害を正しく理解することの重要性も改めて教えられ、それを直感的に理解している子どもたちや、優しい先生たちの中で生まれたうさぎとのエピソードが心に残る。今もどこかですーちゃんが好奇心のままに駆け回り、大好きな人に囲まれながら、楽しく過ごしているかと思う時、何とも幸せな気持ちになる。(北岡 賢剛)

以上