NHK厚生文化事業団 「私の生きてきた道 50のものがたり」 障害福祉賞50年 - 受賞者のその後

『続 自分の生い立ち』

〜受賞のその後〜

高橋 尚太 たかはし しょうたさん

1995年生まれ、自動車部品製造会社勤務、福岡県在住
発達障害
16歳の時に第46回(2011年)佳作受賞

高橋 尚太さんのその後のあゆみ

『続 自分の生い立ち』

受賞後の道のり

僕は、以前NHK障害福祉賞の作文「自分の生い立ち」を佳作に選んで頂きました。生まれてから高機能自閉症と診断され、特別支援学校での学校生活までを書いたものです。その際、「ハートをつなごう」のテレビ番組にも出演させて頂き、とても良い経験になりました。テレビ出演などしたこともなかった僕は、とても緊張しましたが、いつも画面で見ているテレビ局の中の様子を見ることが出来てとても面白かったです。今回は、前回の続きとして、その後の道のりをまとめてみました。

 高校2年の冬から、いよいよ本格的な就職活動が始まりました。3年生への進級直前の2月、北九州市で事業所面接会が開催されました。これは、様々な会社や事業所が一つの会場で面接会を開き、その場で障害者が面接を受けて実習をする事が出来る制度。ここで、僕が希望していた自動車部品製造会社の面接も開かれたので、僕はその会社の面接を受けました。なぜ、この会社に就職したいと思ったのかというと、僕は自動車やカーレースが子供の頃から大好きで、以前からこの会社の事をよく知っており憧れていたからです。又、僕は人と関わる事が苦手なので、工場のような所で機械と向き合っている方が気楽だと思ったからです。会社の本拠地が愛知県という事もあり、愛知出身の両親も賛成してくれました。担任や進路指導の先生方にも、ここで実習を頑張り就職したい、という事を伝えて応援してもらえる事になりました。実習は6月にあるとの事だったので、それまでの4か月間が待ち遠しいような、怖いような気分だった事を思い出します。

最高の結果をめざした最上級生

4月になり、最上級生になりました。この頃から、アビリンピックの福岡県大会に向けての練習が始まりました。僕の種目は、ビルクリーニング(清掃)です。2年生だった前回は銅賞を受賞することが出来たので、最上級生で最後の大会となる今回は、絶対に金賞を取り、長野県で開催される全国大会に出場する事を目標にしていました。何かを達成して人に褒めてもらう事が大好きな僕は、絶対に一番になって褒めてもらおうと、朝、昼休み、放課後等、毎日猛特訓を重ねました。しかし、アビリンピックの福岡県大会、会社での実習、さらには漢字検定準2級の試験まで6月に集中してしまい、準備に追われて頭が爆発しそうな日々でした。先生や両親からは、あんまり頑張り過ぎるとつぶれてしまうよと、注意されていましたが、性格的に手を抜けない僕は、3つとも最高の結果がほしくて、毎日、頑張り続けていました。

 6月に入り、まず最初の行事がアビリンピック。「金賞を取り全国大会に行きたい」という気持ちがとても強く、当日は朝から凄く緊張していました。競技が始まり、これまでに練習してきた内容を精一杯の力を出して取り組みました。しかし、緊張からか、疲れからか、今一つ調子の上がらない自分に戸惑いながらの競技となってしまいました。競技では、清掃技術とタイムが評価されるのですが、タイムが、自分が想定していたタイムより掛かり過ぎてしまい、これでは金賞は難しいのではないかと不安になりました。結果発表を待っている間、不安と緊張で泣きそうな気分で過ごしました。
 結果発表では、まず最初に金賞からの発表でした。僕の名前が呼ばれなかった瞬間、頭が真っ白になり、あまりにもショックで涙まで出て来ました。次の銀賞で僕の名前が呼ばれましたが、金賞受賞だけを目指して来たので、ちっとも嬉しくない気分でした。先生方や両親、学校の友人達からも、「良く頑張ったよ、銀賞も立派な物だよ」と優しい励ましの言葉を掛けて頂きましたが、その時は、只々、みじめな気分から抜け出せませんでした。言葉では言い表せない程、悔しい経験でしたし、僕の努力が足りなかったのか、頑張り過ぎて調子を崩した事が原因だったのか、今でもよく分かりませんが、僕にとっては、貴重な経験でもありました。
 大会の9日後には僕の将来を左右する会社での現場実習が控えていたので、気持ちを切り替えて現場実習に挑む事にしました。

 いよいよ1週間の現場実習が始まりました。実習は工場の製造ラインでの仕事です。一日中立ち仕事で、慣れていない僕には大変でしたが、この実習で良い評価をしてもらい正式な採用試験に進みたいという気持ちを強く持っていた僕は一所懸命に取り組みました。又、実習で実際の工場での仕事を経験し、この職場で働きたいという気持ちが益々高まりました。実習が終わり学校生活に戻りドキドキしながら会社からの連絡を待っていました。10日ほど経ち、正式な採用試験に進めるとの連絡が入ったと先生から言われ、ホッとしたのを覚えています。

 このころ、漢字検定準2級の試験も無事に合格する事が出来て、大変だった6月の3つの目標のうち2つはうまくいき、アビリンピックの悔しさも少し晴らす事が出来ました。
 夏休み中には工場への就職に有利になるようにと、フォークリフトの免許も取得しました。

採用内定!

夏休みも終わり、9月末に会社の採用試験がありました。試験の内容は、国語と数学の筆記試験、作文、役員面接でした。試験に備えて学校で先生と試験勉強や面接の練習を重ねてきましたが、本番ではとても緊張してガリガチでした。面接では小学校から高校まで皆勤賞を続けた事、高校時代に頑張った事などを一所懸命話しました。
 合格発表は1週間後という事で、発表の日までは高校入試の発表の時以来の不安な日々を過ごしました。発表の日、採用内定の連絡が入ったと先生から家に連絡が来ました。聞いた瞬間、言葉では言い表せない程、嬉しかったことを覚えています。今まで努力してきた事が報われたのだと感じると共に、これまで僕を育て支えて下さった両親や先生方を初めとする数多くの方々に、感謝の気持ちが込み上げて来ました。又、障害がある自分を正社員として雇って頂ける会社に対してもとても感謝しています。
 卒業式の翌日から、念願の自動車学校にも通い始めました。昔から運転免許を取ることが夢で車好きな僕は、とても楽しみでした。教習所で生まれて初めて本物の車を運転した時の感動は、かなり大きかったです。

学生から社会人へ 新生活スタート

スーツ姿の高橋さんの写真

2013年4月1日、いよいよ社会人スタート。スーツにネクタイを締め、職場へと向かいました。学生から社会人に切り替わるこの時、ドキドキワクワクの気分でした。新入社員研修を終え、僕は、車のカーエアコンを造る部署に配属となりました。この班の班長は以前、障害者福祉施設で働いていた事があるということで、僕の障害の事も良く理解してくれていろいろと配慮してくれます。僕の事を考えてこの部署への配属を考えて下さった会社の方にも感謝の気持ちで一杯です。この会社で一所懸命頑張り、定年退職まで勤めたいという気持ちで仕事に取り組む毎日です。
 入社2年目となり、貯金したお金で自分の車を買いました。中古の軽自動車ですが大好きなオフロード車なので、いろいろな所に遊びに行けます。休日には友達とドライブに行ったりして、とても楽しい毎日を送れています。

同級生達を高橋さんの写真

今年(2015年)、僕は成人式を迎えました。いよいよ大人の仲間入りをしました。成人式では高校の同級生達と会い、近況を報告し合いました。皆、それぞれの職場で頑張っているとの事で、僕も頑張っていかなくてはとの思いを新たにしました。
 入社3年目となり、会社に学校の後輩が入って来ました。後輩の手本になれるよう、今後も頑張って行きたいと思っています。

 最後になりましたが、今の自分があるのは多くの方々のご理解とご支援があったからこそだとの感謝の気持ちを忘れずに、今後の人生も送っていきたいと思います。

福祉賞50年委員からのメッセージ

成人になり、自分で稼いだお金で大好きな自動車を買う喜び。若々しく、まっすぐ過ぎるほどまっすぐな高橋さんの文章を、微笑みながら読みました。自分は何が好きで、何が苦手なのか。そのことを理解するというのは、簡単そうでなかなかできないことだと思います。淡々とした文章の中に、そんなとんでもなく大きな「達成」が語られています。

玉井 邦夫(大正大学教授)

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