現場リポート

子どもも、大人も、障害者も--ともに美術とふれあい、豊かな感性を--「絵画教室 星の子」

にぎやかな笑い声とともに、ダイナミックに油絵具や水彩絵具の絵筆が動いています。スモックを着た子どもたちに交ざって、親子でイーゼルの前に座り集中して絵筆を運ぶ男性のそばでは、「うーん、いい色だね!」と、先生の大きな声。3歳から80歳まで、そして、自閉症や知的障害など、さまざまな生徒が通う、「絵画教室 星の子」。30年にわたり続いている教室の様子を取材しました。

みるみるカラフルな部屋に

東京郊外の田園調布駅から歩いて5分ほどの玉川田園調布会館。この2階にあがっていくと、にぎやかな声が聞こえてきました。幼稚園児、小学生の子どもたちが、次々とスモックに着替えて、道具を出してあっという間に絵筆を握ります。
部屋の奥のほうで、トロピカルバードを描く中学1年生の女の子は、この4月に入ったばかりとのこと。まだ新しい油絵具のセットの道具を開き、イーゼルに載せた大きな作品に集中して描いています。

教室では、最初はまず、水彩画から取り組みますが、慣れてくると油絵に挑戦します。小学生でも自分で道具を出し、絵具や筆を巧みに操り、大胆に描いていきます。

この「絵画教室 星の子」は、小平、東玉川、玉川田園調布の3か所に教室を開いています。生徒は、全員で80名ほど。その中に15名ほど、自閉症や知的障害、聴覚障害などの障害のある人たちも通っています。

中学校の障害児クラスの提案から始まった…

主宰者の鈴木 誠子さんは、東京藝術大学在学中から、美術大学を目指す高校生などに、家庭教師などをしていました。卒業して結婚した後も、子ども向けの絵画教室を開いていました。
そんな中、鈴木さんがお子さんの中学校のPTA役員の仲間として知り合ったのが、関さんでした。
「ある日、関さんが、『近所に、はだかの大将がいるから、見に行ってちょうだい!』 と、すごい勢いで言いに来たんです。お会いしてみるとその子は、自閉症のお子さんでした。でも、本当にすばらしい絵を描いていたんです。これがきっかけで、PTAとして、子どもたちへの絵画教室の取り組みを始めることになったんです」と、当時を振りかえります。

当時、この中学校は1学年に7クラスがあり、そのうちの1クラスが障害のあるお子さんのクラスでした。あるとき、PTAの話し合いの中で、“地域で子どもたちを差別無く接してくれるような場所をつくりたい” という意見が出たことで、障害のある子どもたちが、地域の子どもたちと一緒に勉強できる絵の教室 「絵画教室 星の子」が始まりました。最初に小平に教室ができ、東玉川教室、そして、奥沢教室(当時、玉川平安教会をお借りしていました)と、3か所で開くようになっていきました。

あの、「はだかの大将」も、早速、教室に入ってくれました。当時、青鳥養護学校に通っていた岡 達哉君です。卒業後は、クリーニングの白洋舎に勤め、より熱心に絵を描くようになっていました。残念ながら、20年ほど前、プールの事故で寝たきりになってしまい、昨年、亡くなられたそうです。彼の作品は、今でも「星の子」の展示作品に加わっています。

会話ができなくても、絵で通じあっているんです

障害のある人にも熱心に教えてくださる先生がいるという情報が広がり、自閉症の中村 孔一さんも、養護学校4年生の時に教室に入りました。「まだ、半ズボンをはいていて可愛らしかった」と鈴木さん。それから15年。はじめは孔一さんだけでしたが、お母さんの範子さんも、観ているだけじゃ・・・・と一念発起して絵に取り組みはじめました。小さい作品ですが、チューリップや、バラなどの花の絵をたくさん描いています。
孔一さんの作品は、障害者の美術展でグランプリを受賞したり、一般の公募展でも数々の賞を受賞しています。表彰式に彼が現れると、障害者とかかわったことのない審査員は、驚くことが多いようです。海外へ出展したこともあるそうです。
この日も孔一さんは、教室に着くと、何か自分の決め事なのか、まずお菓子や飲み物などを袋から出し並べ始め、食べたり、紙皿に出したりし続けていました。鈴木さんによると、彼は、みんなにふるまってごちそうしているのだそうです。その時間は1時間ほど。その間に、お母さんのほうは、絵の道具を用意して描き始めています。すると孔一さんも、今度は、油絵具の箱を開け始めます。色の名前を言いながら、なくなってしまったものを新しいものに取り替えていきます。その数は、20色ほどにもなりものすごい量。

やっと前の週の続きを描き始めると、今度は、筆の種類を選んだり、色が思うように混ざらなかったり…すると、すぐに鈴木さんを呼ぶのでした。孔一さんは、作品を描きながら描き方や色で迷ったりすると、すぐに鈴木さんを呼びます。なかなか会話にはならないのですが、一生懸命アプローチしていきます。鈴木さんが色を提案すると、その色の名前をオウム返しで復唱しながら、すばやく塗り始めていました。
自閉症の人は他者とのコミュニケーションがむずかしいといわれていますが、鈴木さんは、そのような先入観を持たずに彼らと接しています。以前、孔一さんがいつものように色に迷い、先生にSOSを送りました。鈴木さんは、「自分で考えてごらん」と言ったところ、自分の絵をじっと見つめながら「わからない」とつぶやいたことがあったそうです。
孔一さんは、日ごろ他人との会話がなかなか成立しないのですが、長年にわたる鈴木さんの指導により、絶大なる尊敬、信頼関係が確立し、絵画を通して他者とのコミュニケーションが成立したのです。そして、孔一さんの変わっていく姿を通して、親御さんや周囲の皆さんにもその輪が広がっているのです。

お城の絵を得意とする、長浜 大洋さんも、「星の子」に通って10年になります。知的障害がありますが、自分の思いをきちんとことばにできます。毎週土曜日の教室の日は1人で教室に来て、制作用の洋服に着替えたり、絵具を出したり、準備から制作活動、そして片付けまで几帳面に行っています。この日も、鈴木さんに細かな色具合を質問していました。
また、25年間、教室に通っている自閉症の齊藤 千香子さんは、各種美術展への入賞で大変有名になっています。現在も、巣鴨や駒込の喫茶店やいろいろなお店に、原画や絵の写真が飾られたりしています。

習う側から教える側へ

「夕奈先生、花の感じ、これでいいかな?」。ユリの絵の指導をスタッフの荻野 夕奈さんに仰いでいる坂東さんは、小学校5年生。3歳の時から「星の子」に通っています。「おとなしい感じの坂東さんですが、描き始めると細かなところなど、とても几帳面に描いています」と、指導している荻野さん。隣では、幼稚園年長の妹さんも、お姉さんのユリの絵をのぞきこみながら、自分の絵を楽しそうに描いていました。

指導している荻野さんは、ご自身も小学校4年生から「星の子」に通っていました。別の絵画教室に通っていたのですが、時間がうまくあわなくなり、友人がこの「星の子」を紹介してくれました。その後、東京藝術大学大学院を卒業して、今では、この「星の子」のスタッフとして、準備から片付け、生徒への指導など、鈴木さんの力強い「助手」となって支えています。

「描くことは好きだったのですが、見たままを描くことができず、感じたものを形にするのもむずかしかったんです。でも、今、こうして子どもたちを教えて、「先生」と呼ばれるようになって、そして鈴木先生のパワーで、いろいろなものが見えるようになってきました。ますます芸術の深い世界を感じています」

荻野さんは、現在、「星の子」のスタッフのほか、東京藝術大学の教育研究助手や、私立中学・高校の指導などを行っています。昨年からは、【WORKSHOP NOCONOCO】という絵画教室を主宰するようになり、大田区の「大田文化の森」で、毎週金曜日の夜(月に2~3回)、教室を開いています。水彩、アクリル、油絵、石膏デッサンなど、小学生から大人まで、障害のある人たちもともに、自分のペースに合わせて制作に取り組んでいけるような教室です。
荻野さんは、「教室を主宰するようになって、自分自身も変化してきたことを感じています。良い作品を造っていくためには、やさしくしてばかりではダメ。叱ることの大切さも実感してきましたし、絵を通してコミュニケーションの場がつくれ、信頼関係もできてくることを実感しています。教育のあり方について、より考えるようになりました。これも「星の子」での経験があったからこそ」と言います。「星の子」の鈴木さんの深い思いが、卒業生を通して、またさらに広がっています。

「絵」を通しての出会いから地域へ、そして、それぞれが活躍の場を

「星の子」が始まるきっかけをつくった関さんは、25年ほど前から続いている、地域でのバザーの様子を話してくれました。「当時は、大井町線の九品仏駅近く、区役所出張所の通りで、年1度バザーを行っていました。各家庭から、いただき物で使わなかったタオルや、不用になったおもちゃなどを持ってきて販売しました。1度の開催で、50万円ほどにもなったんです」
この頃、絵の教室としてお部屋をお借りしていた、玉川平安教会の副牧師だった方が、山口県の教会に赴任された際、地元の脳性まひなどの障害者の自立施設が台風の被害を受けてしまっていました。副牧師は、被災地を復元するため寄付金集めに東京に戻ってきました。被害の様子の写真をみた鈴木さんや関さんは、あまりの悲惨な状況に驚いたそうです。そして、バザーの収益に、みんなで出しあって100万円を寄付されました。

絵画教室は、このような活動にもつながっているのです。
現在も、年に1度のバザーは、近くのスーパーのスペースをお借りして続けているそうです。今は収益は5~6万円ほどですが、ラッピングや売り子役なども、教室の子どもが中心となり、地域の人たちとの交流を深めるよい場となっているそうです。
また、クリスマス会などの交流会を行っており、年齢が離れた生徒同士や、健常の生徒と障害のある生徒との交流も自然にできるようになっているそうです。

絵画の力でリラックス  医療やビジネスの場でも楽しんでいただきたい

JR南武線 鹿島田駅前のビル。駅前の再開発で7年前にできたきれいなビルに、内科や眼科、皮膚科、小児科、整形外科、歯科などのクリニックが入っていますが、その3階にある「よしかわ耳鼻咽喉科」に一歩入ると、まるでギャラリーのような雰囲気です。
取材にうかがった日は、「絵画教室 星の子」に長年通う、知的障害のある久保田 圭子さんの作品が待合室に飾られていました。受付カウンターの診察券入れの横には、作画者・久保田さんの写真とプロフィール紹介のボードもあり、一芸術家として、患者さんにメッセージを伝えていました。

「カラフルで明るい絵は、治療にいらしたお子さんたちの気持をほぐしてくれます。また、ご年配の方なども、元気をもらえます、すばらしい絵なので販売してくれますか?と受付に聞いていらっしゃる方もいるんですよ」と、吉川院長。

小学校5年生と、中学校2年生の吉川院長のお子さん2人も絵が大好きで、「絵画教室 星の子」のうわさを聞いて通うようになり、鈴木さんのご指導を受けてきました。そして、1年ほど前、「星の子」の皆さんのすばらしい作品をもっと多くの方に観ていただきたい、そして、患者さんは小さなお子さんも多いので、絵があることでリラックスしてくれるのでクリニック内に絵画の展示をさせて欲しいと、鈴木さんに相談してこの展示が始まったそうです。

「今後も2か月に1度くらいのペースで、作品の入れ替えを行い、「星の子」の皆さんの作品を患者さんに楽しんでいただく予定です。また、待合室のパソコン画面には、各種お知らせや耳鼻科治療についての情報などとともに、展示している方の作品や「星の子」のお知らせ、スタッフの荻野さんの個展のお知らせなども流して、順番待ちの間に多くの方に楽しんでいただいています」と吉川院長。耳鼻科の治療をとおして、子どもたちや障害のある人たちの、個性を伸ばしていくことの大切さを伝えていこうという、熱心な姿勢がうかがえました。

また、クリニック内での展示を始めたことがきっかけとなり、鈴木さんのご主人が開いている西新橋の喫茶店「カフェ・ド・ルノン」(新橋駅烏森口から徒歩6分)との連携をはかることになりました。お店で1か月ほどの展覧会後、「よしかわ耳鼻咽喉科」にて展示という流れになっています。西新橋では、ビジネスマンのコーヒータイムに、「星の子」の作品が癒しの空間を作ってくれています。

はじける個性! 今年の「星の子展」は、8月11日(水曜日)~15日(日曜日)

年に1度、世田谷美術館 区民ギャラリーでおこなっている 「星の子展 絵画・造形」 は、今年で、23回目になります。天井までびっしりと、1年間制作してきた作品が展示されます。また、東京都障害者美術展や児童画展など外部の作品展に出展、入賞した作品などもあわせて展示され、多くの作品からは、力があふれており、パワーをもらえます。

また、作品の運搬、会場の準備や、受付などはすべて、生徒のご父母のほか、障害のある人、中・高・大学生など生徒自身が展示の作業を行います。さまざまな年齢、障害のある人たちが、「絵画や陶芸」をとおして、コミュニケーションを深める場となっているのです。年に1度のこの作品展で、わが子の成長を実感している親御さんも少なくありません。
今年の作品展は、下記のとおりです。お近くにお住まいの方は、ぜひ、世田谷美術館に足をお運びになってみてください。夏の暑さを乗り切ることのできる「元気」をもらい、芸術鑑賞と癒しの場となるのではないでしょうか。(正)

第23回星の子展
会期:2010年8月11日(水曜日)~15日(日曜日)午前10時~午後6時(最終日は午後4時まで)
会場:世田谷美術館 区民ギャラリーB(世田谷区砧公園1-2 電話03-3415-6011)
入場料:無料

詳細は世田谷美術館のホームページをご覧ください。

(2010年7月30日  記)

「絵画教室 星の子」について、詳しくは、ホームページをご覧ください。
■教室は…
(月曜日)14時~21時:世田谷区東玉川
(土曜日)13時~18時:玉川田園調布会館
(日曜日)14時~19時:小平市大沼町多摩の台住宅集会所


<巡回展会場>
カフェ・ド・ルノン(東京都港区西新橋1-18-9 西新橋ノアビル B1F)電話03-3591-1458
よしかわ耳鼻咽喉科(川崎市幸区新塚越201 ルリエ新川崎3F)ホームページ