フレンドホームは、施設で暮らす子の「家庭」
何らかの理由で実の親と離れ、乳児院や児童養護施設で暮らす子どもを、週末や学校の休日を使って家庭で預かる制度が東京都にあります。「フレンドホーム」と呼ばれるこの制度は、施設で暮らす子どもたちに、家庭での生活を味わってもらうためのもの。 あるフレンドホームのお宅を訪ねました。
フレンドホームの照井丈夫さん(59)・秀子さん(60)夫婦を訪ねると、笑顔で迎えてくださいました。その横で遊んでいる女の子がいます。小学3年生のYちゃんです。都内の児童養護施設で暮らしています。照井さんの家に2泊3日の予定で滞在していました。
今の余力で、出来ることを
以前から里親に関心のあった秀子さん。しかし、夫婦とも仕事を持っていたため、里親になるのは難しいと考えていました。
ちょうどそのころ、照井さんの娘さんがボランティア活動をしている施設で、Yちゃんのフレンドホームとなってくれる家庭を探していました。しかし、人との関係づくりが少し難しいYちゃんを受け入れてもらうには、ある程度、子どもの育ちに関する専門知識をもっている人でなければ難しいと施設では考えていました。秀子さんはソーシャルワーカーだったこともあり、適任だったのです。
施設からの打診を受けた時、「私たちの今の余力で時間を確保できれば、毎日は難しくても出来るかな」と考え、夫婦で相談。丈夫さんは秀子さんの思いを知っていたことや2人とも子どもが好きだったこともあり、Yちゃんを受けることを決めました。
Yちゃんが照井さんの家に初めて来たのは3歳のときでした。それからは月に1回ほど土曜日・日曜日などを利用して泊まりに来ています。夏休みや冬休みなどの長期の休みには数日間泊まることもあります。お正月は毎年、照井さんの家で迎えています。
来た当初は、秀子さんが食事を作っているときも、お風呂のときも、トイレのときも、常にそばを離れようとしなかったそうです。施設に帰るときには、戻るのを嫌がって歩きがゆっくりになったり、寄り道をしたり。施設に着くと、泣いて離れようとしなかったこともありました。丈夫さんは「あのときは本当につらかったですよ。でも、今ではそっけない感じで」と、ちょっぴりさびしそうです。
「自分だけのもの」がうれしい
正午近くになり、昼食の支度のために近所のスーパーに買い物に出かけることになりました。Yちゃんは買い物を楽しみにしています。その理由が2つあります。
1つは自転車に乗って出かけられること。スーパーまで歩いて15分ほどの距離を、Yちゃんが自転車にまたがり、秀子さんは歩いて行きます。照井さんの家にあった大人用の自転車をYちゃんが乗れるようにしたもので、今ではYちゃんだけのもの。施設には共用の自転車しかありません。自分だけのものというのがうれしいようで、必ず乗って出かけます。
スーパーに到着すると、秀子さんはかごを、Yちゃんはカートを取りに行きます。二人の役割分担は完ぺき。カートを押すのはYちゃんの役目です。「今日は冷やし中華にしようかな。ゴマとしょうゆどっちがいい?」と秀子さん。「どっちでもいいよ」とYちゃん。そんな会話をしながら2人で買い物を楽しんでいます。
昼食の材料を選び終えると、Yちゃんが別行動をとり始めました。向かった先はお菓子売場。買い物のもう1つの楽しみは、お菓子を選べること。Yちゃんは「いつも違うお菓子を買うんだよ。今日はどっちにしようかな」と、2つのお菓子をもってニコニコ顔です。
子どもにとって「都合の良い場所」ではなく、本当に「良い場所」を
昼食を終え、ひと休みしてテレビを見ようとするYちゃんに、丈夫さんが「そろそろ宿題をやらないとね」と一言。
するとYちゃんが「やったもん」と返してきます。
丈夫さんが「それじゃ見せて」と言うと、Yちゃんは「本当にやったもん」と、なかなか宿題を見せようとしません。いくら言っても聞かないYちゃんに、丈夫さんは本気で叱ります。叱られたYちゃんは、それでも見せようとしません。
丈夫さんのなかなか収まらない様子に、とうとう観念したYちゃんはドンドンと足を踏み鳴らし不満げに部屋に戻り、宿題のノートを持ってきました。ページを開くと、算数の計算問題が50題ほどあります。半分以上は解いてありますが、まだ解いていない問題も。
「あとちょっとあるじゃない」とさとす丈夫さんの言葉を聞き、ほんの2~3分ほどで戻ってきたときには、残っていた問題をすべて解いていました。ふてくされ気味のYちゃんですが、やるべきことを終えて、やっとテレビを見ることができました。
秀子さんは「ここは施設と違って、彼女の独り占めできる空間なんです。当初からYちゃんの甘えや希望をたっぷりかなえてあげようと受け入れてきました。だから、Yちゃんを裏切るようなことはあってはならないと決め、出来ない約束はしません。でも、だからといって厳しくするときにはしないと。自分のわがままだけが通る都合のいい場所では、Yちゃんにとって良い場所とは言えません。家庭の暮らしの中で、大切なものをちゃんと教えていくのも私たちの責任」と言います。
「子どもに拒否されても、私たちは拒否しない」
照井さん夫婦は最近、Yちゃんが大きくなるにつれて、何をして遊べばいいのかと頭を痛めます。「小さいころは本を読んだり、ボールで遊んでいるだけで楽しんでいたのですが、やはりそれだけでは難しいですね」。
そのため近ごろでは、どうすれば楽しんでもらえるのか、Yちゃんが来る前に計画を練っているそうです。取材に訪れた前日の夜には、神宮球場まで野球観戦に出かけました。Yちゃんにとって初めての経験。野球のルールを知らないYちゃんが楽しんでくれるのか不安でした。でも、そんな不安をかき消すように、Yちゃんはおおはしゃぎで照井さん夫婦がひいきにしているチームを応援。チームも勝ち、大満足だったようです。
他にも、季節ごとに花壇に花を植えたり、イチゴつみの体験もしているそうです。
秀子さんは、「過ごし方の悩みは尽きないですが、成長してくれば、1人でいたいときがあるかもしれないし、ここに来ることが嫌になることがあるかもしれない。あの子が拒否するのは構わないんです。でも、私たちからは絶対に拒否しない。あの子にとって避難場所になればいいのかな。だから、Yちゃんが結婚するまでは長生きしなくては」とほほ笑んでいます。
今回の宿泊が終わる日、Yちゃんが照井さん夫婦を施設のお祭りに誘いました。初めて太鼓の演奏を志願したお祭りでした。照井さん夫婦はうれしさがこみ上げてきたそうです。
施設の指導員は、「照井さんが根気強く付き合ってくれたおかげで、気持ちを素直に表せるようになってきているんだと思います。子どもにとって自分のことだけを見てくれる人がいるってことが、とても大切なんですね」としみじみと話してくれました。(高)
(2009年12月28日記)
「フレンドホーム」は東京都独自の名称ですが、同じような取り組みを行っている自治体もあります。里親制度のように法律に基づく制度ではないため、実施については各自治体に任されています。
なお、東京都内では490家庭がフレンドホームに登録し、2008年度には、のべ935人の子どもが交流を持っています。(2009年3月末時点)
フレンドホームの登録は、施設で直接受け付けています。制度についての詳しいことは、東京都福祉保健局のホームページをご覧ください。
