現場リポート

きちんと「見えて」いますか?--オプトメトリスト--

視力検査では問題は見つからないけれども、読むこと書くことに悩んでいる子どもたちがいます。この問題に取り組んでいるのが「オプトメトリスト」と呼ばれる視覚の機能を調べる専門家。実際にオプトメトリストのもとで訓練をして「見え方」が改善したという子どもたちがいます。これまでにのべ1000人ほどを診てきたオプトメトリストの北出 勝也さん(40)のもとを訪ねました。

写真:北出さんが子どもに両眼を寄せる訓練をしている

ものの見え方を診る専門家=オプトメトリスト

写真:北出さん

視覚の機能には視力だけでなく、両眼のピントを合わせ、見たものをぼやけさせない機能、文章や動いているものを眼で追う機能などがあります。オプトメトリストはこのような視覚の機能の問題を見つけ、訓練によって見え方を改善させていきます。眼の病気を診るのが眼科医ならば、快適に「見られる」ように病気ではない部分を支援するのがオプトメトリストの役割なのです。アメリカやカナダ、ヨーロッパ、アジアなど数十か国では国家資格になるなど、広く認知されています。北出さんはアメリカで資格を取得し、帰国後、日本で民間の視覚トレーナーとして活動しています。国内では数少ないオプトメトリストの一人です。

写真:トレーニングの部屋。訓練の用具がたくさん。

北出さんが代表を務める会社「視機能トレーニングセンターJoy Vision」は兵庫県神戸市にあります。実家のメガネ店の2階に訓練室を構えて10年ほどがたちます。訓練室の中には遊び道具のようなものや、何に使うのだろう?と思う器具がたくさん。


写真:眼と手の協調性を訓練する円盤。

たとえばレコード盤のような器具。円盤には無数に穴が開いていて、いくつかの穴にはピンが差し込まれています。「この円盤を回転させて穴にピンを差し込みます。眼で見ているところに手を持っていくことで、眼球運動と手の協調性のトレーニングになります」と北出さん。協調性に問題があると、見ているところにえんぴつの先を持っていかれずうまく字を書けなかったり、線にそってハサミで切るといったことが難しくなるのです。


「読み書きをなんとかしたい」---子どもからのSOS

取材の過程で、実際に北出さんに訓練を受けた子のお母さんにお話を聞くことができました。
S君は去年の11月に初めて北出さんの元を訪れました。黒板の字を写せない、音読をしても行を飛ばす、同じところを繰り返すなどしていて読み書きが苦手でした。お母さんもどうしてできないのかわからなかったそうです。
3年生になったある日のこと。S君が「字が読めない、書けないのをなんとかしたい」と泣きながら助けを求めてきました。それ以前にも字が汚いとからかわれ、つらい思いをしていたそうです。お母さんが臨床心理士に相談したところ、見る機能に問題があるのかもしれないと言われ、北出さんのことを知ったのです。

「字が大きくなったんだよ」---見え方が変わった

検査をしてみると不思議なことがわかりました。ひらがなの視力検査表を使って視力を調べたところ、片方の眼のときは正確に答えられていたものが、もう一方のときには指されている文字とは全く違う文字を言うのです。お母さんにはでたらめに答えているとしか思えなかったそうです。
写真:子どもがぶら下がるお手玉を触る訓練をしている。頭を動かさないで両眼を動かして動いているものをとらえる。 その他の検査結果とも合わせて、S君は両眼で見ていたつもりでも脳には片眼の情報しか入っていない時間が多いと判断され、両眼で得た情報をきちんと脳に送れるようにする訓練を開始しました。ぶら下がった状態で揺れ動くお手玉を手で触る訓練などです。まずはゆっくりと動くものを両眼で意識的に見ることで、眼の筋肉、神経、眼の機能をつかさどる脳の部分を鍛えようとしたのです。

トレーニングを始めて2日後に変化がありました。S君が「見るのがちょっと楽になってきた」と言ったのです。さらにトレーニングを重ね1週間ほどたったころ、劇的な変化が現れます。「たいへんたいへん。字が大きくなったんだよ」。びっくりした様子で話すS君。部屋に張ってあるあいうえお表の文字が大きく見えるというのです。表の文字は直径5センチほどの大きさですが、S君には実際の大きさよりも小さく見えていたのです。
驚きながらもうれしそうに話す子どもの姿に、お母さんはうれしさがこみ上げてきたそうです。北出さんによると、ほとんどの場合はトレーニングを続けて2か月から3か月くらいたったころから効果が現れはじめるそうで、S君のようにすぐに効果が現れるのはとてもめずらしいということです。

見え方の改善が自信につながる

その後、いくつかの訓練を重ねたS君。訓練を受ける前は本を読むことを嫌がっていましたが、見え方が変わったことで読書が好きになったそうです。「書き取りのテストで答案用紙に、先生に『上手だね』って書かれると、子どもはすごく喜ぶんです。これまでつらい目に合っていただけに、本当にうれしい」。お母さんもうれしそうに話してくれました。見え方が改善したことが自信を回復するきっかけにもつながったのです。

写真:左側にノートから抜粋した検査を受ける前の文字。枠から出たり、重なっているところがある。右側に機能が改善した後に受けた書き取りテストがある。文字が枠の中に収まっている。

形や空間の把握にも視覚の機能が関係する---N君の場合

見え方に問題があると、見たものや空間を正確にとらえられない場合もあります。現在、中学生のN君は、小学2年生のときに、文字が真っ黒に見えるということで相談に訪れます。検査の結果、両眼がうまく協調して動いていないことが分かりました。
写真:パズル。三角や四角のブロックを組み合わせて見本と同じ形にする。 さらに、図形の問題が苦手ということでした。学校でWISC‐Ⅲ(Wechsler Intelligence Scale for Children‐Third Edition)という、「ことばに関すること(言語性)」と「見て物事をとらえること(動作性)」を調べる検査を行ったところ、動作性の面で低い結果が出ていました。見たものの形を正確にとらえられていなかったのです。そこで眼を動かす訓練とともに、形を認知する訓練を始めます。それが見本と同じ図柄を組み合わせるパズルです。見本があるので一見すると簡単そうなのですが、N君にとって、とても難しいものでした。訓練を始めた当初は嫌がっていたそうです。
訓練を重ね、次第に見本どおりに組み立てられるようになったN君は、1年ほど北出さんの元でトレーニングを継続。今では学校の授業にほとんど問題なくついていけるようになり、本を読むことも大好きになったそうです。

日本でも注目されはじめたオプトメトリスト

北出さんは、「見え方やものの形のとらえ方に困難があると疑われる子は、視覚の機能に何らかの問題を持っていることが多いです。また、たとえば、LD(学習障害)やADHD(注意欠陥多動性障害)などのある子どもたちも、視覚の機能の問題を併せもっている場合があります」と話します。アメリカではそうした子どもを対象に、オプトメトリストが検査、トレーニングをすることが少なくないそうです。
日本でも、学校教育関係者を中心に、視覚トレーニングを指導に取り入れているところが増えつつあります。視力だけではない視覚の機能が注目され始めたところです。 (高)

(2009年6月26日 記)

北出さんが代表を務める会社「視機能トレーニングセンターJoy Vision」。ホームページに視覚機能のチェックリストが載っています。