子どものコミュニケーション力をのばす
東京大学医学部付属病院の「こころの発達診療部」。ことばが出ない、ほかの子と遊ぼうとしないなど、コミュニケーション上の困難がある発達障害の子どもたちを対象に、グループでの療育を行っています。教室の様子を取材してみると、子どもたちが楽しみながらコミュニケーション力をのばす工夫がいっぱい見つかりました。
長い歴史を持つグループ療育
東京都文京区、本郷にある東京大学医学部付属病院。国内で最大規模をほこるこの病院の一角に、子どもたちの明るい笑い声が響く部屋があります。「こころの発達診療部」では、発達障害を持つ子どもたちを対象に、診断と発達の評価、精神療法、療育相談、薬物療法などを総合的に行っています。今回は子どもたちのコミュニケーション力を伸ばすことを目的とした, 少人数のグループ療育を取材しました。療育とは、精神医学や心理学などの知識に基づき、精神機能の障害や行動の異常を改善したり、能力の発達を促す教育的な治療法です。ここでは、前身の精神神経科小児部から数えると40年以上、そうした療育をおこなってきました。
シャボン玉に注目!
この日参加したのは、広汎性発達障害などの診断を受けた4歳から5歳の子どもたち3人。みんな、普段の生活の中では、ことばが出なかったり、ほかの子と遊ぼうとしないといったコミュニケーション上の困難があります。 療育が始まるまでの間、子どもたちはそれぞれ気にいったおもちゃで遊んでいました。始まりの時間になって先生が声をかけても、みんな自分の遊びに熱中してしまいなかなか席に着きません。そこでグループ療育を担当している臨床発達心理士の蓑和 巌さんがシャボン玉を吹くと、子どもたちは飛んでいくシャボン玉に注目。席にそろったところで紙芝居が始まり、みんな話に聞き入りました。
コミュニケーションを促す課題
この日子どもたちが取り組んだ課題は、いすに座って取り組むもの、体を目いっぱい動かすものなど、ぜんぶで6種類。どの課題にも、子ども同士のコミュニケーションを促すための工夫が見てとれます。 音楽に合わせ、輪になって踊る場面では、みんなで「あなたのお名前なんですかー?」という歌をうたい、子どもたちが順に「僕は○○です!」と元気よく答えます。 平均台を渡ったり輪っかの上を片足飛びで越えていく運動の時間では、「○○ちゃんがんばってー!」と見ている子どもたちの声援が飛びます。子どもたちは最初から最後までずっと笑顔で、療育の時間を楽しんでいたのが印象的でした。
インタビュー 「コミュニケーション力を伸ばすための教育とは?」
子どもたちがコミュニケーション力を伸ばすためには、どんなポイントが大切になるのでしょうか。グループ療育を担当した臨床発達心理士の蓑和 厳さんに伺いました。
子どもたちのコミュニケーション力を伸ばす上で、グループでの療育にはどんな良さがあるのでしょう?
蓑和:子ども同士が関わる機会をたくさん作れることが大きいですね。今日は、男の子が隣の女の子にちょっかいをだす場面がありました。男の子は、女の子と仲良くしたいという気持ちがあったのだけれど、女の子が「やめてよ!」と言ったからやめた。そこでもし私が「やめなさい。」と言ったらどうなるか。男の子からしたら「僕はこの子と仲良くしたいんだから先生は口出すな!」って思いますよね。仲良くしようと思った本人に言われたからやめることができた。子どもたちのコミュニケーション力を伸ばす上で、グループだからこそできる経験がたくさんあるんです。それから、たくさんの人から励まされたり、褒めてもらうことができるのもグループならではの良さですね。そのときに、ただ自由に遊ばせればいいのではなくて、子どもたちの能力や興味にあった課題を設定して、子ども同士のやりとりが生まれやすい場面を作り出してあげることが大切です。
課題の内容はどのように決めているのですか?
蓑和:スタッフ同士で話し合い、毎回の療育ごとに修正しながら決めています。大切なのはその子のレベルにあった課題を用意すること。課題が簡単すぎたり難しすぎたりすると、不適切な行動が起こる原因になってしまいます。もう一つ重要なのは、それぞれの子に「どういう力をつけさせてあげたいか」をはっきりさせること。「順番を待てる」「隣の子がやっていることに注意を払うことができる」といったように、コミュニケーション上の狙いを明確にします。
子どもへの接し方で、印象に残った場面がありました。ホワイトボードに、今日取り組む課題が、写真と文字で示されていましたね。課題が一つ終わるごとに、その課題の写真を一枚ずつ箱にしまっていく決まりでした。ところが最初の課題が終わったところで、係の子どもが全部の写真を箱に入れてしまった。普通に考えたらやり直させるところだと思うのですが、先生はなにも言わず、その後はボードに残った文字を消していくルールに変更されました。
蓑和:大切なのはあの子にとって何が目標だったのかということ。彼の場合、前回の療育では不安と緊張が強く、席をたってしまうことがあったんです。そのこともあり、今日の彼の目標はリラックスして楽しく活動に参加することでした。だから、「ありがとう」と言って、気持ちよく席に戻ってもらったわけです。お子さん一人一人に対して目標を設定し、一回の療育の中で、どの部分に働きかけて、どの部分には働きかけないのか、はっきりさせることが大切なんですね。
その子の目標がどこにあるかによって、働きかけが変わってくるのですね。
蓑和:そうです。ですからお子さんによっては、同じ場面でも「あれ?ちょっとまって。このやり方でいいのかな?」と問いかけて、考えさせる場合もありますね。
こうした療育の様子を、保護者の方は一緒の部屋で見学されています。また終了後にはスタッフの方から療育の内容について報告を受けておられました。こうしたやりとりを通じて、保護者の方が学ばれることも多いのではないでしょうか。
蓑和:私たちのグループ療育は、2週間に1回というペースで、合計10回。回数としては少ないんですね。その中で、子どもに直接的に働きかけるだけでなく、保護者の方にどう変わっていただくかが重要になってきます。 療育が進むにつれて、保護者の方も、自分のお子さんがどういう状況であれば力を発揮しやすいか、理解されてきます。療育の中で上手なやり方を見てもらって、家庭でそれを生かしてもらっています。
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大学病院で、しかも障害のある子どもを対象に行われている教育ということで、取材にうかがう前は、特別なプログラムや教材を使っている様子を想像していました。ところが、「こころの発達診療部」で行われていたのは、家庭や幼稚園・保育園でも実践できそうなことばかり。大切なのは、子ども一人一人の能力や目標に合わせて課題を作り、適切な関わりをしていくことなのだと感じました。(松)
(2009年5月15日 記)
東京大学医学部付属病院「こころの発達診療部」では、発達障害のある子どものために、診断と発達の評価、精神療法、療育相談、薬物療法などを総合的に行っています。くわしくはホームページをご覧ください。
