今回ご紹介するのは、地域生活サポートセンター「パッソ」(福島・郡山市)の森 陽香さんの作品です。
キュレーターは中津川 浩章さん(画家、美術家、アートディレクター)です。

作者紹介……森 陽香(もり・はるか)さん

普段の言動などでは伝えられない想いを込めながら創作に取り組んでいます。
私にとって創作とは、日々の充実感を得るためのきっかけとなっています。
足を使って絵を描き始めて15年。自分のイメージと足でできることのギャップを感じることはありますが、少しずつ理想に近づくように日々試行錯誤しています。
これからも楽しみながら精進していきます。

キュレーターより 《中津川 浩章さん》

森陽香「四神獣」

森陽香の絵を見たのは六本木ヒルズumu(東京・港区)で行われた一般社団法人Get in touchの企画展だった。当時はまだどんな作家なのか全く知らなかった。黒い背景にピンクのウサギ、そのウサギの口が黄色の×印だったのがとても印象的でよく覚えている。

脳性まひという障害があり、車いすに座った足に筆を挟んで描くのが森のスタイルだ。
ぐいぐいとまっすぐ迫ってくるような力強いタッチ、自由で奔放に見えながらも計算された色彩と構成。画面にはポジティブな生きるエネルギーが満ちている。

「四神獣」は中国神話で天の四方位を司る「東の青龍」「南の朱雀」「西の白虎」「北の玄武」を描いた作品だ。森は、コロナ禍の終息と世界の平和を祈ってこの絵を描いた。天地を安らかに定めるべく東西南北の位置を考え、構想のためのエスキースを何枚も重ねたという。普段なら一か月ほどで完成するのだが、この絵には三か月がかかった。
筆だけでなくブラシや竹串などを駆使することで、ダイナミックさとセンシティブなタッチが組み合わさり、それぞれ大きさも違ってユニークな形態の四神獣が表現されている。描画の勢いの強さにまず目がいくものの、じつは綿密な計算と構成によってできているのだ。

幼少期の森は、筆などをうまく使えなかったこともあって絵を描くのが苦手だったという。小学校3年の時、担任の先生から「足や口にくわえて描いてもいいじゃないか」と言われたのがきっかけとなり、それからは描くことが好きになった。今は郡山でアート活動に取り組む安積愛育園パッソに通い、スタッフの支援を受けながら制作している。

森にとって絵を描くことは「心のバランス」をとることなのだという。言葉では伝えきれない複雑な思いを吐き出す、ぶつける、気持ちを込める。自身の深い思いを感情を伴って言語化することは簡単なことではない。障害があればなおさらだ。言葉によるコミュケーションの不自由さ、自在に動くわけではない足で描くという不自由さ。そうした不自由さと真正面から向き合い、突き抜けた時に見えてくる風景。抱えるいくつもの不自由さと、自由に描きたい思いとがぶつかり合って生まれるリアリティ。「不自由さ」は可能性をはらんでいる。それは障害があるからではなく、あらゆる人間に当てはまる表現することの基本的な原理みたいなものだと思う。


プロフィール

中津川 浩章(なかつがわ・ひろあき)

記憶・痕跡・欠損をテーマに自ら多くの作品を制作し国内外で個展やライブペインティングを行う一方、アートディレクターとして障害者のためのアートスタジオディレクションや展覧会の企画・プロデュース、キュレ―ション、ワークショップを手がける。福祉、教育、医療と多様な分野で社会とアートの関係性を問い直す活動に取り組む。障害者、支援者、子どもから大人まであらゆる人を対象にアートワークショップや講演活動を全国で行っている。


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